大学3年生の夏休み、大学の履修プログラムの一環で企業インターンをすることになった。
大学の先生と面接をして、生徒の人柄や雰囲気から先生が選んだ企業に2週間インターンに行くというものだった。
当時真面目に授業を受け、余裕を持って単位を取り、就活にも前向きだったわたしは、先生方との面接で自分の長所や短所、社会人になってやりたいことや理想の人物像などを意欲的に笑顔で語った。それまでバイトの面接や大学入試の面接などを経験して、どちらかというと面接は得意な方だと思っていた。
無事に面接をパスした私は、創業60年近く経つ老舗企業へインターンへ行くことが決まった。

「THE 会社」な空間で、黙々と働く。まるでロボットのようだ

大学が夏休みに入り、いよいよインターン初日を迎えた。
初めて来た高級住宅地の中を少し歩き、老舗企業ということもあり立派な建物の緊張感漂うロビーに到着したときは心臓がバクバクした。
配属された部署へ行くと、ドラマや映画でしか見たことがなかった「THE 会社」な空間が広がっていていた。無機質な蛍光灯が眩しすぎるフロア、グレーのカーペットの上に、グレーのデスクをチームごとに向かい合わせ、皆真剣にパソコンに向かっていた。フロアには3、40人くらいの人がいた。
2週間お世話になるチームに合流してざっと説明を受け、仕事をいくつかもらった。

12時のチャイムが鳴ると皆一斉に仕事を止め、ゴソゴソとお弁当を出して食べ始めた。そして13時のチャイムと同時に仕事が再開する。
17時のチャイムでは半分くらいの人が一斉に退社していった。自分も「今日はありがとうございました、明日もよろしくお願いします。」と挨拶して回り会社を出て、陽が落ちて暗くなった高級住宅地の中を歩いて帰った。

そこで働いていた人たちは皆無駄な話や動作がほとんどなく、テキパキと仕事に向き合っていた。そんなの当然のことではあるけれど、当時の自分の目には、彼らは仕事に関係のない話や動作だけでなく感情さえも失ってしまっているように見えた。
電話が鳴ったら一目散に電話を取り、チャイムが鳴ったら昼食を取り、退社する。業務関係の話をする以外は黙々とパソコンに向かい作業する。まるでロボットのように、決められた動作を繰り返し、感情は家かどこかに置いてきた、そんな風に映った。
次の日も、次の日も、同じような1日を繰り返した。
自分も感情を消して黙々と作業に専念したけれど、自分自身を隠せば隠すほど頭の中がいろんな考えや感情でいっぱいになり、息苦しかった。

インターンを3日で辞め、あるゲストハウスへ。そこで出会った人たちは…

結局、環境によるストレスなのか、わたしは3日目の夜に突然胃腸炎になってしまった。
ベッドとトイレの往復が精一杯で、学校と会社に電話してインターンをお休みした。体調が回復してからも期間は1週間ほど残っていたけれど、なかなか回復しないと仮病を使い、その企業へ二度と行くことなくインターン期間を終えた。もちろん学校からは履修は取り消しの扱いになると告げられ、入学して以来初めて単位を落とした。

それから約1週間後、前から予定していた旅行へと出発した。人生で初めてのひとり旅だった。ネットでたまたま見つけたゲストハウスがどうしても気になり、インターン期間後の日時で予約を入れてあった。
小さな島にあるゲストハウスに到着すると、オーナーさんとネコ5匹が迎えてくれた。他に宿泊しにきたお客さんたちと、オーナーさんとみんなで夕食を作って食べ、ホームシアターで映画を観たり、映画や音楽好きのオーナーさんが集めたポスターや書籍が並ぶ居間で、それらを眺めながらのんびり過ごした。
オランダから来ていた大学生は建築を学んでいるらしく、日本の建築を見に来たと言っていた。日本人の女の子は、民宿が好きでよく泊まり歩いているらしく、韓国から来た女性は普段イラストを描きながら猫と暮らしていると言っていた。

インターンを3日で辞めた自分には、彼らもオーナーさんも(ネコたちも)、みんな本当にキラキラして見えた。自分の気持ちや五感を大切にして、自分の好きなものに囲まれて生きていた。好きなものを追求して、自分の足で体験しに来ていた。

人生の選択肢は人の数だけあるし、生きていくことは本当は楽しい

あの頃の自分は、大学を卒業したら就職して真面目に働くことが一般的な人生なのだと思い込んで頭が固くなっていた。それなのに3日で胃腸炎を患った自分にはもしかするとそれすら難しいことなのかもしれないと、絶望感を感じたし、人生終わったかもとさえ思った。
得意だと思っていた面接も、実はその場にとって都合の良いキャラクターを演じるのが得意なだけだったのだと気がついた。

たまたまネットで見つけて勢いで泊まりに行ったゲストハウスは、人生の選択肢は人の数だけあるし、生きていくことは本当は楽しいということ思い出させてくれた。

大学を卒業して、実家を出たかったので就職をしたが、正直今でも自分は会社員でいることが合っている、正しい選択とはあまり思えない。挑戦してみたいことや理想の生き方をぼんやりとイメージするだけの日々はそろそろ終わりにしたいと、最近は特に思っている。
そんなとき、あの夏に挑戦したことや当時の自分の心情の変化を思い返すと、自分にとって何が正しいのか、本当に求めていることはなんなのかを、改めて思い出させてくれる。

就活や就職することを否定するつもりは全くないし、会社員でいることが良い、悪い、どちらとも思わない。
けれど、「卒業したら就職する」それ以外にも選択肢がたくさんあるということを多くの学生に知ってもらいたいし、学校という場所がそれを知ることができる場所であってほしいと強く思う。