「あなたは運動音痴なんだから」「ノロマなんだから」「太っているから」「見苦しいから」ある夏の日、この言葉を全部全部、溶かしたのは近所の地域運営のプールだった。

東京に引っ越して一人暮らしになったある夏の日、教師をしていた私は夏休みの期間中、することもなく、暑さでぐったりと項垂れていた。暑い。そうだ。涼みに行こう。そう思った際に、近くにスポーツセンターがあり、プールがあることに気づいた。

実のところ、プールに行くのも少し抵抗があった。「運動音痴なんだから」という言葉が頭の隅に常にあったからだ。

我が家では「太っている方がかわいい」と言われ育った

思えば小学生、幼稚園くらいから「運動音痴なんだから」はべったりと張り付いていた。太った体は多様に苦しく、見た目的にもいつもコンプレックスだったのだ。

我が家では「太っている方がかわいい」「女の子はコロコロしてなんぼ」と言われ、いわゆる“デブ専(太っていることが魅力的と言う価値観)”の家庭だった。

私の体は小学生の夏休みで10kg以上、一気に太ることさえあった。お肉をつままれることは“嬉しいこと”であり、お菓子は頻繁に与えられた。偏食の兄の分まで、家庭の空気を重くしないように食べた。ただ、それが我が家の価値観の1つだった。

体育は1科目しかないけれど、勉強はいっぱいあるから、頑張ろう。学校の体育の成績は2か3しか取ったことがない。私はスポーツがダメでも勉強は頑張れる、元気いっぱいのぽっちゃりした女の子という育ち方をした。

クーラーをつけて涼しくなるのを待っているくらいなら、泳ぎに行こう

高校を卒業し、大学の寮生活を始めた際、周囲のご飯の量や、家庭の空気のために食べなくなり、一人で食事を作るようになった私の体重は10kg一気に落ちた。そのため、私は“すこし肉付きが良い”という状態であった。

プールなんて、恥ずかしい醜態を晒すだけ。一応泳げるけど。そう悩んでいた。が、暑い。めちゃめちゃ暑い。クーラーをつけて涼しくなるのを待っているくらいなら、泳ぎに行きたい。そう暑いから。炎天下だから。死んでしまう。これは泳ぎに行っても良い。仕方がない。

押入れの中にしまっていた高校時代のスクール水着を片手に、私はプールへ向かった。プールは子供たちを中心に長蛇の列である。地域プールである。ナイトプール? 映え? そんなもの知るか。

前に並んでいたキラキラしたカップルが入り口で「水泳キャップの着用が義務となりますが」と係員に問われて、一瞬絶妙な顔をしている。子供たちは、そんなことどうでもいいと言わんばかりのはしゃぎようだ。

よし、いいぞ。私が太っていようが、運動音痴でいようが、そんなことはおかまいなしだ。適当に小さいプールで静かにチャプチャプしていよう。そう思っていたが、さすが公のプール。広がっていたのは、子供用の底が浅い正方形の20mプールと25mプール。以上だ。

えっと、と周りを見渡す。子供たちは子供用プールではしゃぎ、来てしまったからと派手な水着のカップルは、プールの6つのレーンのうち2つを解放して作られていた“自由ゾーン(泳がない、水中歩行などを目的としたゾーン)”。入り口で購入したと思われる水泳キャップに浮き輪でやけくそのバカンスを楽しんでいる。おじいちゃんは無言で歩いている。

なんとも賑やかである。そういえば長蛇の列だったな。芋洗い状態だ。となると、静かに泳ぐには、25mを泳ぎ切るか50mを泳ぎ切るかしか静かに過ごす道はない。仕方がない、25mを泳ぐことにした。

正直、記憶と自信に関してはクロールしかない。それすらも微妙というのに。海なし県、運動音痴代表は悩んだ。そう思いながらザブンと水に入り、静かに泳ぐ。静かだなぁ。水気持ちいいなと思いながら、1本泳ぐと、もう1回いってもいいかなという気持ちが続いた。

運動音痴だと思っていたけど、大人になって運動への価値観が変わった

25mを3、4本泳いだら、ベンチに座る。ちょっと遅いと、後ろの中学生くらいの女の子に抜かされた。まぁいいや。ここでは私の体型も、運動音痴も、そんなこと知ったこっちゃない。思い思いにはしゃぎ、泳いでいるのだ。

1時間半の利用が終わる頃、泳いだ本数を思い返してみた。友達もいない、どうでもいい、気にしない。ただ黙々と20本泳いだ。500mほど、ほぼ1時間少々私は泳ぎつづけていたのだ。万年文化部からすると嘘みたいな話であった。また来よう、そう思った。

その後、最終的には往復もこなせるようになり、一度に50mも泳げるようになった。「苦しくない」を繰り返した結果、1kmほど1時間ちょっとで泳げるまでに成長した。痩せられたのもうれしかった。

もしかして、“ただ動くだけ”はいけるのでは……? そう思い返し、ある夜に家の周りと走ってみると、正解だった。夜の緑の風景を横目に走るのは、とても楽しかった。こちらも、ジョギングをしているおじさん、部活の外周中の高校生。

私一人なんか誰も知ったこっちゃない。夜になれば、少しは涼しい。空が綺麗で、なんとなく楽しい。汗だくで走り切った家の周りの2kmのタイムを見ると、中距離、長距離はいわゆる体育の成績でいう“4”の位置づけにあるタイムを取っていた。

体育に、中距離走なんてものはなかった。50mとトラックをただ周回するだけの長距離走だった。教師をしていた手前思う。学校の体育なんて、50分の授業で40人を一斉に見ながら、事故もないように悠々と泳がせるなんて至難の技だ。評価は速さでつけるのが手一杯だろう。長距離が走れる場所も、安全面のリスクを考えたら、そりゃ校庭をぐるぐるさせるしかない。

それに今の私は、あの頃と比べ10kg以上も痩せている。体は軽くて当然だ。なーんだ、体育じゃ時間も場所も足りないし、種目もなかったんだ。極端な運動音痴じゃないじゃん。今、走る、泳ぐことに抵抗はないし、楽しい。体育祭も、小さな子供の純粋な気持ちも何1つもなかった大人のある夏に得た、かけがえのない価値観である。