推しの活躍を拝見すること、グッズを買うこと、イベントに行くこと、など。推しごとのためにお仕事に励む私は、休日が何よりの楽しみだった。
しかしコロナ禍が始まったばかりの頃。私にとっていつもと違う休日が訪れた。
推している声優が出演するライブイベントに行く予定だった、2020年の3月末。大規模なライブのためコンサート用の双眼鏡を購入し、当日着ていく新しい洋服と靴を買って気分を上げた。予定では現地で友人と合流し、共にライブを楽しみ、その後にビジネスホテルに泊まって夜が明けるまで感想の合戦を繰り広げるはずだった。
しかしそんな現実は、当たり前のようには訪れなかった。
ライブ中止のお知らせが発表されたのは、開催の1週間前だった。

全てコロナのせい。人生を捧げている推しへの活動を強制休止させられた日

ニュース番組やネット上ではすでにコロナに関する報道であふれていた。
私の住んでいる県では、船内に陽性検出者が現れたので乗員全員をしばらく船内待機させたというニュースが有名だった。ライブ会場は県外だったが、そんなことは関係なく、命に関わる病気の蔓延が始まったのだから、感染拡大防止のためのライブ中止の可能性も少しは予感していた。
しかし現実になると、まず受け入れるのに時間がかかった。この日のために頑張った仕事と、せっかく用意した双眼鏡や洋服が無駄になったこと。推しの活躍が拝めないこと。何より、この日のために準備してくださったキャストやスタッフの方々の努力が水の泡になったこと。それが悲しくて、しばらく放心状態になった。

そして訪れた、ライブイベント当日。
本来であれば早起きして、ばっちりメイクを決めて、下ろしたての洋服に身を包み、気合を入れてライブ会場に向かうはずだった。
実際はその気合を入れる必要がなくなったので遅くに起きて、だらだらとスマホをいじり、眠くなったら寝る、まるで普段の休日のような過ごし方をした。SNSを確認しても、推しは何もツイートをしない。
推しはどんな心境で今日を過ごしていたのだろう。きっと悔しかったかもしれない。そう思いを馳せながら、夕食を買いに近所のコンビニへとサンダルを履いて出かけた。
予定なら、ライブが終わった後にビジネスホテル近くのファミレスで少し贅沢をするつもりだった。その予定も打ち砕かれた。

何もかもどうでもよくなった気がして、安い唐揚げと度の高い缶チューハイを2本買い、1本を飲みながら帰った。心にぽっかりと空いた穴を埋めるように、もう1本飲んだ。泣き上戸じゃないはずの私が、飲んだ後は「ちくしょう、ちくしょう」とぶつけどころのない怒りと悲しみを込めて、枕を濡らす。気が付けば眠りについていた。
それが私にとっての、コロナ禍で起きた推しごとの休日だった。

コール アンド レスポンスをライブでまたできる日を夢見て

一年が経ち、まだ満足な状態でできないながらも、スタッフの尽力のおかげでライブやイベントが催行されている。
観客は声出し禁止の中でサイリウム(ペンライト)を振ることになるが、アーティストたちが活躍できる機会ができたことが何よりも嬉しかった。アーティストのコールにレスポンスを送れない現状に未だ苦しさを覚えるが、それほど、呼びかけに応える『コール&レスポンス』という行為が、表現者と観客の心を一体化して満たされるものなのだと気付くことができた。コロナ禍以前まではこのように考えることはなかった。
仕事の疲れを吹き飛ばしてくれるほどの、表現者の熱いパフォーマンスを感じ取る特別な日。そのライブやイベントが行われて当たり前という状況ではなくなったからこそ、無事催行できるように私自身も感染対策を最大限に取り組んで臨みたい。