8時起床。ベッドから起き上がり、水を飲む。
前までは、気取って硬水を飲んでいたが、どうも私には合わない。今は軟水をゴクゴクと飲む毎日だ。
今日は日曜日。
休日の楽しみは、近所の喫茶店でレーズントーストを頬張ることだ。
特別美味しい訳ではないが、この喫茶店の一番右角の席でレーズントーストを食べることが、1年前からの習慣となっている。

テレビを付け、ニュースを見ながら身支度をする。
ニュースは1年前から同じ話題ばかりを取り上げるようになった。
みんな、外からの情報を聞いて一喜一憂している。
根拠のない理論立てで自分や社会を守っている大きな大人たち。それに翻弄される小さな大人たち。
この1年で住みにくい世の中になってしまった。愛する人とは、距離を取らなければいけないのに、公共交通機関では、どうでもいい人と密にならなければいけない。
そのような重なりが私の貯金箱にストレスを貯めていく。この重みから解放されたい。

「そうだ」

女性に必須のアレを外して、イケない気分の外出を

途中まで着替えていた服を全て脱いだ。
タイトな薄手ニット、ロングスカート、キャミソールが足元に落ちる。そして、ブラジャーのホックを外し、乳房がハラリとあらわになった。ブラジャーを丁寧に畳みタンスに戻す。
そして何事もなかったかのように、また服を着る。
さっきまで締め付けられていた上半身が途端に軽くなった。見た目は、何だか柔らかいフォルムになった気がする。
そのままお気に入りの春コートを羽織り、喫茶店へ向かう。
玄関から外に出ると、何かイケないことをしているようで高揚感を感じた。周囲をキョロキョロと意識しながら目的地へ向かう。

いつぶりにゆっくりと周囲を見渡しただろうか。
シロツメクサやコメツブツメクサなどの春を感じさせる花が咲いていることに気づく。おもむろにシロツメクサを1本だけ摘み、春コートのポッケに入れた。何となく、今この瞬間を共有したモノを近くに残しておきたかった。
そんなことをしているうちに、目的地に到着した。

意識するとドキドキしてしまう。この妙な感覚が愛おしかった

喫茶店は、コーヒーの香りが充満している。コーヒーのいい香りを一気に吸い込み、肺を茶色にする。
顔なじみの店員が「いつもの席空いてますよ」と、案内してくれる。至近距離に店員がいるだけで、鼓動が高鳴る。相手は私のいつもと違う変化に気づいていないようだ。
席に着くと、決まったメニューを注文する。
「ホットコーヒーとレーズントーストを1つ」
ここのレーズントーストは何やら特別扱いをされている。他のトーストには書かれていない"数量限定"の文字がメニューに書かれているのだ。
「数量限定!なくなり次第終了!」と大々的に書かれているにも関わらず、品切れと言われたことは1度もない。もはや、あえてそれだけ数量限定と書かなくてもいいのではないだろうか。
そんな事を思いながらも、毎回注文してしまう。

ふと、視線を下に移すと、明らかに柔らかそうな物体が薄手のニットに包まれていた。
しばらく見ていると、その物体の中央部分はツンッと形状を変化させた。途端に恥ずかしくなり、急いで春コートで前を隠す。
それと同時に店員がレーズントーストを届けにきた。
レーズントーストを口いっぱいに頬張る。噛んだ瞬間、ジュワリとバターが口の中に溢れ出た。さっくりとした外側と、中のふんわりとした食感が堪らなく良い。トーストに練り込まれた大粒のレーズンがアクセントとなり、より食を進めさせる。
レーズンを見ると、身体のある部分を連想してしまう。段々と、衣類の中に潜む突起物がくすぐったくなった。

今、私は、ドキドキしている。
恋とはまた違う、鼓動の高鳴りだ。
私はまた周囲を見渡す。辺りは、私なんか気にしちゃあいない。所詮そんなもんだ。
決して誰かに見せたいわけではない。誰かに教えたいわけでもない。
私は私しか知らない秘密を抱きかかえ愛おしく思った。

いつもと違った休日。
たまには、少しだけスパイスを加えてみてもいいだろう。
私はポッケの中で少し萎れたシロツメクサを、そっと撫でた。
そして軽い足取りで喫茶店を後にした。