あの夏の挑戦、その言葉を聞いて思い出す。
関東よりずっと強い圧を放つ真夏の太陽、電車から降り立った途端に私を窒息させるような暑さ。そして――冷凍みかん。ただひたすらに甘い、舌に触れた途端に溶けていく、コンビニで買った冷凍みかん。
私が所属していた「かるた部」は、創部以来初めて県予選を突破した
夏と、かるたと、冷凍みかん。その3つが私の中で結びつくようになったのは、高校2年の夏のせい。
私は、競技かるた部に所属する2年生だった。丁度、末次由紀先生の『ちはやふる』という競技かるたを扱った漫画が流行り出した時期、3年生の先輩はたった3人しかいないのに、同期は10人以上いた。私は別に、『ちはやふる』の大ファンだったわけではないのだけれど。
小学校、中学校の授業で百人一首大会なるものがあった。競技かるたではない、ただ教師が詠んだ札を早く取った人が勝ち。そんな単純な大会で、私は幾度も優勝を果たし、単純にもこう考えた、「私、かるたの才能あるんじゃね?」と。
実際、才能はあったのかもしれない。高校で競技かるた部に入部した私は、経験者の女の子を除くと、一番強かった。勝率が高かった。
いや、私だけじゃなくて、同期の子たちだって才能があったのかもしれない。
私たちのかるた部は、県予選を突破した。創部以来初めての偉業だ。そして、滋賀県の近江神宮で行われる全国大会に進んだ。
全国大会で優勝しようとは考えていなかった。でも情けなくなかった
今思うと、メンバーのほとんどが、全国大会で優勝しよう! なんてことは考えていなかったんじゃないか。正直、1勝できるかどうかもわからなかった。私たちの高校は、全国の強豪校に名前も知られていなかったのである。私たちと対戦する相手は、完全に私たちを舐めていた。格下だと見くびっていた。
漫画やアニメであれば、私たちは勝ち進んだはずだ。下手したら初出場で優勝とかしちゃったはずだ。でも、私たちにはヒーローになる才能はなかったんだ。心の中では、1勝できるかさえ危ういと、ちゃんとわかっていて、優勝を諦めていた。
しかし、そんな私たちを情けないと、誰にも言わせない。これが挑戦ではないと、誰にも言わせない。
関東よりも息苦しい暑さの中、汗を何度も拭いながら全く知らない場所で、かるたを取ったこと。「よっしゃラッキー、こいつらなら勝てる」とでも言いたげな対戦相手の視線を跳ね返すように、仲間の名を叫んだこと。
結局、2勝しかできなくて、優勝にはまだまだ遠くて、でも別に涙も出てこなくて、「頑張ったね、よくやったね」と笑い合ったこと。試合が終わっても、誰も悔し泣きなんてしていなくて、落ち込んでいるようにも見えなくて。
試合が終わった後に食べた「冷凍みかん」は、最高な夏の味がした
でも、最高の夏が確かに終わってしまった、その感覚だけが体にくすぶっていて。私は、ホテルの部屋で一人になったタイミングで、冷凍みかんを食べた。ホテルのすぐ前のコンビニで売っていた冷凍みかん、「関西ではコンビニで冷凍みかんが売っているのか!」と感動した私が思わず買った、冷凍みかん。
酸っぱくなくて、ただ甘かった。別にみかんを食べながら泣くとかそんなこともなく、美味しかったと笑顔で食べ終えた。その瞬間、やっぱり強く、強く思ったのだ。今年は最高の夏だった。
それはもう、終わってしまった。でも、寂しくない。目に見える結果を残せなくても、もう二度と、同じ夏を迎えられなくても。
あの夏、私は確かに挑戦していた。誇りと諦めと楽しさと寂しさがまぜこぜになった、夏の挑戦。夏と、かるたと、冷凍みかん。最高の夏は、コンビニの冷凍みかんの味がした。