さらさらと服の良さを語る高級ブランド店の2人。本当に服が好きなんだな
市内に高級ブランドの服屋がある。
街中から少し外れたところに佇むガラス張りの店は、洗練された雰囲気が漂っている。
イッセイミヤケやKENZOなど、有名デザイナーの服も取り扱っている店で、生前祖母がよく訪れていた。
母も度々訪れており、私もこのお店の服と聞けば、これは良いものなのだとすぐに理解できた。
そろそろ私の誕生日だ。
母の誕生日プレゼントを奮発した分ということで、母からいい服を買ってもらえることになった。
自分では一年間服を買わないと決めていたが、買ってもらう分にはまぁよしとしよう。
さすがにここの服は予算オーバーだろうと、候補に挙がらなかったが、窓際に展示された白いブラウスの可愛らしさに、ついつい店内へと足を踏み入れてしまった。
店内では、祖父と同じくらいの歳の男性と、40歳前後であろう男性が迎えてくれた。
2人の男性は清潔感はあるものの、ぱっと見普通の服装をしていて、意外とラフなのだと安心した。ラフに見えて、素材は一流のものを使っているんだとは思うけれど。
窓際に展示されたもう一着の紺色のワンピースの値札をのぞき込んで見ると、8万円と書かれていた。もう服に触れることも怖くなってしまった。
しかし、「なんでも手にとって、着てみてよ。たくさん試着して、気に入ったものを選んで、気に入らなければ捨てちゃえばいいんだから。服は着て選ばないとわからないよ」と声をかけられ、恐る恐るカーキのワンピースに手を伸ばした。
前びらきのワンピースは、そのまま羽織ってもいいらしい。促されるままにシャツの上から羽織る。かっこいい。いいなぁ。でもまだ買うところまでは行けない。
「これは丈がとても長いんだけど、だからって自分にはこれを短くして、きれいに仕上げる自信がないよ」
他のスカートの裾を指して、若い方の男性はそう言った。服を作る技術もあるからこそ、出た言葉だろう。
2人はさらさらと服の良さを語り、私たちが服を楽しめるように勧め、気取ったところが少しもなかった。本当に服が好きなんだろうなと思った。
破格の値段のワンピース。私はこの服を自腹でも買いたいと思った
試着の時に、私の上着の裏地を見て、「この服、うちで買った服でしょ。覚えてるよこの服」と言われた。
祖母からお下がりでもらった服だ。
しまった。バレてしまった。
祖母の服であれば、ユニクロ以外はまずここで買った服だ。なぜそこまで考えられなかったのだろう。母は白状した。
「〇〇の娘です。お世話になりました。この子は孫にあたります」
「お孫さん、こんなに大きくなったの。おばあちゃんの服、全部いい服でしょ?」
シニアの男性に声をかけられた。その後の話からも、その男性は祖母のことをよくよく知っていることがわかった。
なんと二十代の頃から、服を通し祖母と交流があったそうだ。
「プロだから、服の好みは分かっちゃうんだよね。この服好きでしょ」
渡されたズボンは意外だったが、着てみるとしっくりきた。シャツを合わせるだけでもかわいい。
「所帯を持っても履ける服だよ」とも言われた。やはり所帯を持ったら、服装も落ち着くのかもしれない。
「その服が一番いい」と私含め全員一致で決まったのは薄手のワンピースだった。
値段は恐ろしくて言えないが、展示されていたワンピースよりはだいぶ安かった。
いつも古着の服ばかり着ている私にとって、いや、多くの同年代女性にとって、一人暮らしの家賃ほどする服は破格の高値だろう。
それでも、私はこの服を自腹でも買いたいと思った。
実際こんなに高いものを買ってもらったのだから、母へのお礼はもう少しくらいは上乗せしなければならないから、タダではない。
「いい上着は、手渡された時にホテルマンもわかる。さりげなくても、お金持ちなんだなってバレてしまう。本当にいい服は、隠しても分かっちゃうんだよね」
シニアの男性の言葉だ。
その日着ていた祖母の上着は、裏地までこだわって仕立てられた服だった。今時こんな丁寧に作られた服はそうないと言う。
私は祖母にもらったこの上着を、これまで以上に大事にしようと心に決めた。
いいものはやはりいい。自分が生きたいように、服を選ぶ
残念ながら、私の家は金持ちではないけれど、いい服はたくさんある。
派手な生活をしない分、落ち着いたいい服を買うことにお金を使っている。
「良いものを少なく買い、長く使う」がモットーの我が家では、家具や調理道具など、そしてもちろん服も、祖母が使っていたものを今でも使っている。
そのくらい物持ちがいいと、多少高価なものを買っても結果安上がりなのだ。まぁ、今回はさすがに高かったけど。
最近の人はブランドものを欲しがらないと言われる。それは私も感じているし、少し勿体無いと思う。
いいものはやはりいい。
黒いカーディガンにしたって、祖母からもらったものと、私が買ったものでは、形の美しさや生地の良さが違う。比べるまでもなく、全然違う。
そこにお金を出すことは、ほかに変えることができない良い経験を得ることになる。
「若いんだから、もう少し明るい色を取り入れたほうがいい」「色合わせはしちゃダメ。好きなものを好きなように着なさい」と、アドバイスを受けた。服の色味ばかりに気を取られていたことも、見透かされていたようだ。
こういうアドバイスや含蓄のある言葉を受けられることも、いい服屋を訪れることのメリットかもしれない。
「この服、一年中着られるから着てね。大変かもしれないけど、なんでも合わせてね」
挑戦することが大切なんだという意味だと理解した。形にとらわれがちな私の性格も、服装から読み取られてしまったのだろう。
気負わず好きな時に、好きなようにこの服で着飾りたい。そして自分が生きたいように、服を選ぼうと思う。