「私、今日生理2日目なの」。私の一言に場が凍り付いた。
初めて生理がきてからはや11年。生理というものには度々、さまざまな角度から悩まされてきた。
初めの頃は、ナプキンをショーツにうまくつけることができず、血が漏れて、かなりの頻度でショーツを汚してしまっていた。そのたびに風呂場で一人、洗剤で汚れたショーツをごしごし洗った。
その時の惨めさは異常で、私、何してるんだろうと静まり返った風呂場で絶望していた。その絶望を何回か繰り返し、私はついにナプキンをうまくつけられるようになり、風呂場でショーツを洗うことはなくなった。

刺されたかのような赤い染みを見て絶句し、そして風呂場で絶望した

しかし、高校1年生の夏、私は制服のブラウスを風呂場で洗っていた。後にも先にもこの1度だけだったが、その日、脱いだブラウスを椅子に置き、その上に生理中の私がショーツのまま座って課題をしたのだ。
なぜショーツの上に何も穿いていないのか、なぜブラウスの上に座るのか疑問は多いと思うが、私は無心で1時間ほど課題をしていた。そして立ち上がったとき、ブラウスに赤い染みができていたのだ。
ナイフで刺されたかのような染みを見て私は絶句した。そして風呂場で絶望した。

そんな絶望を共有したくて、同級生の友達に一連の絶望を話したところ、「私も漏れたことあるわー。でも、すごく長いナプキンがあって、それにしたら全然漏れなくなったよ!」。
絶望に一筋の光が差した瞬間だった。私は帰宅後すぐドラッグストアに向かった。
「あった!」
見つけた瞬間、思わず声がでた。いつも買っているナプキンとは全く違った、とても長いナプキン。これなら絶対漏れない!
確信した私はその日から今まで本当にお世話になっている。

汚れや痛みより私を悩ませる、生理に対する世間のタブー意識の高さ

生理の悩みは汚れだけではなく、痛みという汚れを遥かに超えたものがある。
私はどちらかというと生理痛は重い方で、年を重ねるにつれてその痛みは悪化している気がする。気がするというのも、毎月痛みには波があって、むしろ排卵期のほうが辛かったりする月もあって、たぶん平均してみると諸症状も含め悪化している気がするというわけだ。
生理前、イライラしたり訳も無く涙が流れたり、毎回情緒不安定になるのはどうにかならないものだろうか。薬を飲んでもなかなか良くならないあの猛烈な痛みには毎回慣れない。

最近は痛みに耐えながら、「出産はもっと痛い」と頭の中で何度も唱え、いつか来る出産の痛みよりはきっとましだと思いながら耐えている。
でも、汚れより痛みより私が悩むのは、生理というものに対する世間のタブー意識の高さだ。女子同士の会話でさえ、生理というワードを出すだけで周りはぎょっとして苦笑いをする。そのたびに、そんなに隠さなきゃだめ?アレがさぁとか言ってカモフラージュした方が良かった?となんとも言えない気持ちになる。

生理を"あの日"などとカモフラージュするけど、隠さなきゃだめ?

もちろん、隠したい人の気持ちが全く分からないわけではない。おおっぴらにしていいものでも、あまり無いのもなんとなく理解できる。
あ、今私まずいこと言ったと思えば、次からはしっかりと“あの日”などとカモフラージュするのだけど、そこまで隠さなきゃだめ?という疑問がどうしてもついて回る。
個人的な意見としては、そんなに汚いものでも悪いものでもないし、そこまでコソコソしなくてもいいんじゃない?というのが本音だ。

私の友達はナプキンのCMを流す意味が分からない、見ると恥ずかしい気持ちになると言っていた。私のようにタブーにすることに疑問を持つ人もいれば、タブーにしておきたいという人もいる。とてもデリケートな問題だからこそ、それぞれが正しい知識を持ち配慮ある言動を心がけていく必要があると思う。
あと40年ぐらいの長い付き合いになっていくので、終わるころには少しでも世間のイメージが前向きなものになっていると嬉しい。