生理について、あまり考えなくなっている。というか、だんだん気にしなくなってきている。今年で28歳になる私は、生理とはもう人生の半分以上を共にしてきたことになる。

「嘘だ、違うよ」。まさか自分に、生理が来るなんて思ってもなかった

生理を知った最初の記憶は、小学生の4年生か5年生くらいの時に、男子が体育館を掃除しているとき。女子は別室で保健の先生から話をされたことはぼんやり覚えている。
何となく、これは女子だけの秘密で、男子の前では話してはいけないことなんだと当時思ったし、何となく自分には関係ない話みたいに聞いていた。

そんな自分に初めて生理が来た時。まずはお母さんが異変に気づいた。
生理きたんじゃない?と言われて、とっさに「嘘だ、違うよ」っていった記憶がある。
まさか自分に生理が来るなんて思ってもなかったし、あったとしても、もっと先のことだと思っていた。それなのに、「自分の体にある性」みたいなものがが急に現れて、生々しくそれを突きつけられた感じがして、なんだか気持ち悪かった。自分の体が自分のものじゃないみたいで、何だか悲しくて、その日はちょっと落ち込んだ。

最初はそんなスタートだったけど、何となく体も心も慣れていくもので、戸惑いながらも生理とうまく付き合ってきた。
10代後半くらいになると、人によって生理の“感じ”が違うことがよくわかってきた。生理中でも普段と変わらずへっちゃらな友達もいたし、私よりも生理痛がしんどそうな友達もいた。
一緒に過ごしているとだんだんそういう“感じ”が分かってくるから、今日は生理痛がしんどいから休むね、とか、生理がかぶらないように予定を立てよう、とか、そういう話を友達とできるようになった。

怒っても悲観しても、痛いのが嫌でも、もうすぐ温泉旅行でも

それでも、やっぱり、「何でこんな毎月こういう思いをしないといけないんだろう」って気持ちにはなった。毎月波があって、辛くない月もあれば、鎮痛剤を飲んでも治らないこともよくあった。
楽しみにしていた予定やデートが重なった時、男性に対して生理中であることをいつ言うか悩んだり、生理だから申し訳ないとか思ったり、いつも通りに振る舞おうとしたこともある。今思えば、申し訳ないと思う必要なんてなかったのになと思う。

今も、毎月のように生理は相変わらずくる。お腹痛いし体も重くて、やっぱりいつも通りの生活はできないなと思う。
ただ、「何で毎月こんな痛い思いをしないといけないんだろう」という気持ちがなくなってきた。生理のことをあまり気にしなくなってきている。
そもそも生理というものにいい加減、もう何年も連れ添っているおかげで慣れたところもある。仕方ない。怒っても悲観しても、痛いのが嫌でも、もうすぐ温泉旅行でも、来る時は来る。

特別扱いじゃなくて、自分の体の一つの要素として受け入れるように

20代後半に差し掛かり、やっと程よい距離感で生理と向き合っていると思う。「あら来たの」くらいで始まって「あら終わったのね」くらいの感覚で過ごしている。なんかイライラするな~と思ったら、あと3日くらいでくるな~と思う。そしたらちゃんと3日後に生理が来る。
たまにちょっと様子がおかしいと、体の変化や生活を見直すようにもなった。自分の体調を知らせるバロメーターみたいな感じになっていて、今は予定通りに生理が来たら嬉しいなと思う。

ただ、今こうやってちょっと気楽に考えられるようになったのも、年齢を重ねてきたからだと思う。生理のことがどうでもいいというわけではない。むしろ体調や健康への意識は高くなっていると思う。
ただ、生理を特別扱いするんじゃなくて、自分の体の一つの要素として自分の生理を受け入れるようになったという感じだ。最近は、何でこんなに辛い思いをしないといけないんだ、とか、申し訳ない、という思いをしなくなった。
それは、「そういう日もあるよね」って自分に対しても思えるようになったし、誰かに対しても思えるようになってきたからだ。これがとってもいい距離感だなと思っているし、これからもそうやってほどよく自分の体と向き合っていきたいと思う。
無理に元気出さなくても、しんどいことを隠さなくてもいい。お腹が痛くてどん底の気分になっても、いいんだ。
だって、そういう日もあるんだもの。