カランカランカラン……。
開けたカフェのキッチンに金属容器が落下した音が響いた。
「ねえ、大丈夫?」
同僚が私に駆け寄り尋ねてくる。

「あなたらしくない」と早退を促された日。母が言った言葉がよぎった

カフェの仕事で、ケーキに使うクリームを作っていた時だった。金属容器を何度も落としては、騒音を響かせていた。
だが、一番驚いていたのは私だった。注意していても手から容器が滑り落ちるのだ。

何度意識しても、それが床にぶつかった音で目が覚めるような、水の中にいるようなぼやけた感覚で、力を入れても抜けてしまい、訳が分からなかった。その日は、「あなたらしくない」と上司に促され早上がりした。

帰路をたどりながら、ふと母親の「生理前?」という言葉が頭によぎる。これが初めてのことではなく、数ヶ月前に家でも同じようなことが起こっていた。

生理前の諸症状として、食欲が増したり、怒りやすくなったりすることは有名だが、この集中力が保てない状態は聞いたことがないと思った。周りの女性を見ても、みんな平気な顔をしているように見え、自分と同じような悩みがあるとは思えなかった。

自分の心がただ弱いのかと、甘えているだけだと誰かに言われている気がして涙が出てきた。

生理前の感情を耐えた後に待っているものは、楽しみでもなんでもない

通行人が不思議そうな顔をして通り過ぎていく。見知らぬ人なのに泣いている私を見て、嘲笑っているのではないかと思え、怒りが湧いてきた。
そして、感情が次々変わっていく中でも冷静な自分が俯瞰しながら、そんな訳ないと否定し、情けなくなって俯き歩いた。

カレンダーを確認すると生理予定日の9日前だった。まだ9日もあるのかと、絶望した。
感情の荒波や腹痛や頭痛に耐えた後に待っているのは、楽しみでもなんでもない、ただ痛くて、気持ち悪くて、疎ましいものという絶望。

怒りながら泣いてしまった。
そういうものだと、これが自然だと受け入れられないと思った。
受験や就職、旅行やイベント、今までもこれからもどうしてこんなに邪魔されてしまうんだ。

そう怒りながら、甘いものを手あたり次第に口に入れる。ダイエットしていたのにな。、と冷静な自分を無視する。
そして9日間、私は無性に苛ついたり悲しんだりを繰り返し、上司や家族と口論した。

家族に勧められて受診した産婦人科。ピルの効果はてきめんだった

自分が自分でないような感覚だった。
よく眠れなくなり、腹痛や乳腺のハリ等の体の変化にストレスを感じては食べて、鏡に写る浮腫んだ顔に耐えきれなくなって咽び泣いた。何を努力したって、この悪魔の2週間で全てが台無しになっているように思えた。

その後、予定日通り生理が始まった。
私の場合、生理痛はそこまで辛くなかった。痛み止めを飲み、3日目にもなれば心が軽くなっていた。そこで元気があるうちに、家族に勧められ産婦人科を受診することにした。

婦人科の先生は話を聞き終わった後に、生理の時に何が起こっているかを説明してくれ、低用量ピルを処方した。

私はピルのことはよく知らなかったが何か変われば良いと思い、飲み続けた。
効果てきめんだった。生理予定日が近づいても、感情に高波がないと気付いた。少量の出血はあったが、生理の間も何の痛みもなく過ごしていた。2ヶ月後はより冷静に穏やかに終わった。普通の日々だった。

私は、心底感動した。今までの苦しみは何だったんだと思うと同時に、もっとピルの認知度をあげないとダメだと、謎の責任を感じた。
調べると日本の低用量ピルの普及率はわずか3%程度だった。

まず、早く生理が忌避する話題ではなくなってほしい。性別関係なく正しい知識が得られる社会になれば、より多くの女性が普通に暮らせる。そして巡り巡って社会全体の幸せに繋がっている。

思うのは簡単だ。私は今ようやっとスタートラインで、何が出来るか考えあぐねている。