今私は、高校の同級生に会うべく目黒駅に立っている。彼女は私が高校の時に入部していたマンガ研究部で知り合ったクラブ仲間、友人だ。

ハッキリ言って私達は「オタク」だった。しかも、マイナーでニッチなジャンル好きの「オタク界隈にも馴染めないオタク」という、めんどくさいタイプのオタクだった。

すっぴんを貫き通していた友人に「メイク」を教えることになった

お互い、好きなジャンルも性格も全くといって良いほど合ってない。親友ではないが、クラスメイトというほど距離があるわけでもない、たまーに気が向いたら一緒に帰る。そんな関係だった。ただ、その後も同じ美術系を専攻していた事もあり、定期的に会って近況報告をしてる。そんな少し不思議な関係性の友人である。

さて、そんな友人に呼び出され何故目黒にいるのかというと、私は今から彼女にメイクを教えるのだ。私のメイクデビューは中学生頃、彼女と知り合った高校生くらいの頃はゴスロリとコスプレにハマっていて、いつもゴテゴテのメイクをしていた。そんな私を横目に、彼女は常にすっぴんであった(側から見たら謎な組み合わせだった事だろう……)。

その後も現在に至るまで、彼女がメイクをしたところを私は見た事がなかった。そんな彼女からの突然の申し出に、私は少しの緊張と使命感を感じながら待ち合わせ場所へと向かったのだ。

彼女からのオーダーは、ざっくりとこんな感じである。
1:必要最低限のメイク道具を揃えたい
2:その使い方も教えてほしい
3:最初なのでコスパの良い商品
4:本当に全く何も持っていないし知識もないから、一から教えてほしい
5:普段の生活範囲内である目黒で揃えられるもの

なるほど……たしかに、一から揃えると、どんなに安いプチプラコスメで揃えても1万ほどはかかってしまう。改めて、メイクってめちゃくちゃお金がかかるなと感じる。

まずはベースメイク、化粧下地にファンデーションとコンシーラー、次にアイブロウとアイシャドウ、チークにマスカラ、アイラインにリップ。もちろんビューラーやそれをしまう為のポーチ、化粧落としだって必要だ。

たしかに初めは手軽に買えるものでなければ、メイク初心者にはちょっと手は出しづらいだろう。色や肌質に合う合わないもあるし、冷静に考えたら皆が普通にこれを独学で学んでいっている事自体すごい事なのかも知れない……。

友人がメイクに挑戦したきっかけは、SNSで知り合った子と会う為

彼女の肌の色や全体的な雰囲気を見ながら、必死に条件の合うものを探した。彼女の顔を見てると「これは何?」「何が違うの?」「どうやって使うの?」と頭に「?」が大量に浮かんでいるのが分かる。

化粧への第一歩の最初のハードルはそこだろう。
あらゆる商品が溢れすぎているのだ。幅広い選択肢の中から適切な商品を選ぶ事は容易ではない。
ひとしきりアイテムを揃え、ゆっくり話を聞いた。彼女が今回メイクに挑戦したいと思ったきっかけは、SNSで知り合った子と会う為だった。自分はその人の外見が好きで興味を持ったが、向こうは自分の絵を見て興味を持ってくれた。外見で興味を持った相手に会うのであれば、自分も少しは綺麗な状態で会いたい。そう思ったのだという。

今まで男性とのデートでも、仕事でも、彼女は常にすっぴんを突き通してきた。「私なんかが」って自分を卑下する事も多い、そんな彼女を変わりたいと思わせるきっかけは、同性への憧れと仲良くなりたいという純粋な感情からであったのだ…。

長年すっぴんを突き通していた彼女を私は清々しく感じていたのだが、もしかしたら、今までも興味を持っていても、なかなか一歩踏み出せなかっただけなのかも知れない。改めて人の心というものは、他人の物差しでは測れないのだと痛感させられる。

私はメイクを覚えたての時を思い出しながら、知っている限りのやりやすくナチュラルなメイク、濃くなりすぎないメイクをレクチャーした。まだ手つきはたどたどしい。

初メイクは下手だったけど、楽しそうにメイクをする友人は素敵だった

長い時間をかけようやく完成したメイクはやっぱり初めてなだけあり、眉毛の高さは左右で違うしアイラインはガタガタ、ビューラーで瞼まで挟んで怪我しかけたりと……ハッキリいったらドのつく下手っぴだったが、楽しそうにメイクする彼女を見た時「あぁ、大丈夫だな」と感じた。きっとすぐに彼女なりの方法で上達していくだろう、そして今後も楽しみながらお化粧と向き合っていくだろう。そんな予感がしたのだ。

軽くお直しをして、写真を撮ってあげた。その時に見せた、嬉しそうにニッコリ微笑んだ彼女は、私が今まで見てきた中で1番可愛らしく、暖かく、自己愛に溢れた表情をしていた。

彼女のその笑顔は、メイクは義務でも、礼儀でもない、モテる為だけでもなくただ自分の為だけにするものである。という事を改めて教えてくれている様だった。

自己愛に満ちた表情というのは素晴らしい。本人だけでなく、側にいる人もを幸福な気持ちにしてくれるのだから。自分の顔を見つめ、色を足していく、自分自身の欠点と美点を知る。きっと今まで気付かなかった所まで見えてくる事だろう。それは新しい自分の発見だ。
その発見は、外見だけではなく、彼女自身の心をも変えていってくれることだろう。

メイクとの距離感というのは、心の距離と等しいのかもしれない。どんなに上手でも強制的に、義務的にしたくないメイクをしていたとしたら、その人自身は輝かないだろう。したくないのならしなくても良い、たとえ下手でも自分がしたいメイクをする事が、きっとその人を輝かせてくれるはずだ。

まだサナギの中にいる彼女が今後どんな姿へと変わっていくのか、いまからとても楽しみで仕方がない。