高校に入学して3ヶ月が経った頃、学校の裏サイトに『○組の滝口アミはマジでブス』と書き込まれていた。
なんの覚悟もしていない私の目に飛び込んできたその文字は、気持ちをドン底に突き落とすには十分な効力を発揮した。

「誰が書いたんだ。女子の中に喧嘩しているような子もいないし、クラスのムカつくあの男子か。はたまた、話したこともないような別のクラスの人なのか。これはどのくらいの人が目にしているのか。クラスの子達も見ているのだろうか。明日教室に入るの恥ずかしい…」

そんなことが頭の中を駆け巡り、その日はベッドに入って目をつぶっても、あの忌々しい画面が目の裏に焼き付いて剥がれなかった。

「ブス」という言葉は私の心をえぐった。人に見られるのが怖くなった

私は山と田畑に囲まれた地元から、電車で1時間半ほどかけて高校に通っていた。
そこは16歳の私にとって都会で、地元の友達より一歩前に進んでいる気がしていた。満悦していた。

そこに突如降りかかってきた、水を差すような言葉。
自分を特別かわいいと思っていたわけではないけど、ブスだという自覚もなかったし、他人からそんな言葉をぶつけられた経験もなかった。画面に表示された書き手不明のその言葉は、人の口から発せられるそれ以上に私の心をえぐった。

その日から、私は少しずつ刷新していくことに決めた。
黒縁メガネをコンタクトに変えて、眉毛を細く整えた。
それだけで周囲の評判は上々だった。でも私は満足できなかった。
ブスというレッテルを貼られたあの日から、人に見られるのが怖くなった。目立たないように意識するようになった。

「私、綺麗じゃん」。友人に化粧を施された私はまるで別人だった

ある土曜日、部活仲間と練習後に遊びに行くことになった。
彼女達は当然のようにドラッグストアに向かい、試供品で化粧を始めた(ドラッグストアの方々ごめんなさい)。

メイクは校則で禁止されている。今まで舞台メイクしかしたことがない、私は友人達にされるがまま、化粧を施された。

完成した顔を見て驚いた。
実は、「自分はぱっちり二重だし、化粧なんてしてもそんなに変わらないのでは?」と思っていた。しかし、鏡に映る私はまるで別人だった。
なにもない生垣にイルミネーションが灯った時のように、自分の見飽きた顔が華やかになっていた。人生で初めて「私、綺麗じゃん」と思えた。

メイクで武装することを覚えた。メイクがあるから強く生きていける

それから私はメイクで武装することを覚えた。毎月ファッション誌を買い、メイクページを破れるくらい繰り返し読んだ。 
つけまつげを目尻だけ重ねづけして改造してみたり、何種類ものアイライナーの書きごこち、アイシャドウの塗り方、囲み目メイクなどさまざま研究した。

学校ではバレない程度のものしかできないけど、少しでも加工をしているということで以前より自信が持てた。彼氏もできた。
休日には研究成果をこれでもかというほど盛り込んだメイクを、1時間半かけて完成させた。そんな日は、いつもより完成度の高い自分の顔を武器に堂々と街を闊歩できた。

社会人になり毎日メイクをすることが義務とされるようになった。
高校生の時は、あれだけ毎日メイクしたいと願ったのに、いざそうなってみると、めんどくさい。メイクの時間がなければもっと長く寝れるのに……と思うことも少なくない。ほぼ毎日思っている。

でもその反面、今でもメイクは私に自信を与えてくれる。
大事な商談の日にはいつもよりくっきりとアイラインを引いてみる。デートの日にはいつもより可愛さを意識したピンクベージュのリップ。女友達と飲みに行く時にはより顔立ちをはっきりと陰影をつけてみる。いつもよりちょっと気合を入れて刀を磨いて戦いに挑む。
メイクがあるから、私は今日も強く生きていける。