いやな気持ちになる。「メイク」のことを考えると、すごくいやな気持ちになる。心が渦巻いているような、そういう気持ちになる。

社会人なので、さすがに職場に行くときは、メイクをしている。プライベートで知人と会うときも、メイクをしている。このマスクが必須のご時世でも、わたしはきっちり、マスクの下までメイクをしている。ご丁寧に、リップまで塗って。だけど、いやな気持ちになる。

大学生になるまでメイクをしたことがなく、わからなことだらけだった

大学生になるまで、わたしは“メイク”というものをしたことがなかった。母親が、「若いんだから、せっかくのきめ細かい肌にメイクなんかしたらもったいない。やめなさい」と言うから。

だけど、高校生ともなると、休日遊びに行くときには、みんな必ずメイクをしていた。すっぴんなのは、わたしだけだった。その頃、それが特に恥ずかしいとは思わなかった。「美緒は化粧しないの?」と聞かれたことが何度かあったが、「しないよ」と答えて終わっていた。

大学生になって、初めてメイクをした。アイライン、アイシャドウ、アイブロウ、どれが“アイ”に使うものなんだ? わからないことだらけだった。眉マスカラで眉毛を描いていた時期もあった。

バイト先の社員に「女性は化粧くらいしないとだめだよね」と言われた

そんなわたしのメイクも紆余曲折あり、少し遅いけれど、大学2年生くらいになって“自分に合うメイク”というものがわかってきた。あれは、バイトをしていたときだった。飲食店で働いていて、わたしのいる店舗には社員がいなかった。だけどたまに、不意打ちで見に来る。

その不意打ちの日に、わたしはシフトに入っていた。そこのバイト先で働き始めてから、初めて不意打ちをくらったわたしは、社員の顔を見るのがその日初めてだった。腕を組みながら、ほとんど仁王立ちのような立ち姿で上からの目線で「キミが小野寺さん?」と声を掛けられて、やけに偉そうな態度のオジサンだなと思いながら、「はい」と答えると、「働きぶりは聞いてるよ。だけど、バイトとはいえ、社会に出てる身なんだから、女性は化粧くらいしないとだめだよね」と半笑いで言われた。

なにも答えられなかった。わたしはその日も“自分に合うメイク”をしていた。答えられなかったのは、ショックだったからとか、そういうことではない。怒りでなにも言えなかったのだ。

まず、そのバカにしたような半笑い。そして、その半笑いの顔に広がる無精髭。社会に出る身として、“女性がメイクをしなければならない”のなら、お前は“男性としてヒゲを剃らなければならない”だろうと思った。髭蓄えて、なに笑ってんだ、このオッサン。無性に腹が立った。いま思い出しても、言い返してやればよかったと思う。

母はメイクをするわたしに、よく「生意気に色気づくな」と言った

だけど別に、その経験だけがわたしをいやな気持ちにさせるわけではない。上述したように、わたしは母親に「メイクなんかやめなさい」と言われてきていた。「若い肌にはもったいない」と。でも、母親の言葉は、これで終わらなかった。

「生意気に色気づくな」と、母親はよくわたしに言った。すっぴんで遊びに出かけることは特に恥ずかしくはなかったが、「色気づいている」と思われるのは恥ずかしかった。母親は、少しでも丈の短いスカートや、脚を出したスタイルをしていると、「色気づきやがって」と言った。

あの頃は、「恥ずかしい」と思っていたが、思い返すとあれは、“傷付いていた”のだと思う。なぜなら母親は、“親”としてわたしにメイクをさせなかったのではなく、“女”として、張り合ってきていたから。

その思いが、“メイク”や“おしゃれ”などの言葉を聞くと、わたしをいやな気持ちにさせる。“親”として接してくれなかった、母親への、恨み。「高校生の頃、メイクをしなくてよかった」と思ったことなど、ただの一度もない。メイクなんかしてもしなくても肌荒れはするし、10代のきめ細やかな肌が損なわれることもない。

わたしが、大学生になって初めてメイクをしたときに、母親は「下手だねえ」と笑った。確かに下手だったけれど、いままでやらせてもらえなかったのだから、仕方がないだろうと思った。少しでも派手なメイクをすると「あんたの顔にそのメイクは似合ってないよ」と口を出してきた。

いま、社会人として働くなか、わたしは好きなメイクをしている。適度にキラキラなアイシャドウをのせて、不自然に見えない程度にアイラインを引き、お気に入りのリップを塗る。たとえマスクをするのだとしても、“自由”に、“自分で選んだメイク”をしていることが嬉しいのだ。

だけどやっぱり、いやな気持ちになる。母親には“女”としてではなく“親”として、思春期のわたしに向き合ってもらいたかった。無精髭のオジサンに、半笑いでメイクについて口を出してほしくなかった。どうしても、いやな気持ちになる。