たかがリップ。されどリップ。友達のB子が使っていたリップ一つで私の世界は一変した。

私がメイクに目覚めたのは高校2年生。今でもきっかけはハッキリ覚えている。
私はメイクやコスメといったオシャレより、アニメやゲームにお金を費やしている、所謂典型的なオタクだった。
そんなオタクでも片想いはする。
高校2年初夏、16年間生きてきて生まれて初めて恋をした。自分の容姿のコンプレックスや周りに対する劣等感でどうにかなりそうな思春期真っただ中の女子には、淡い片想いも地獄であり天国だった。

ばっちりメイクで雰囲気が変わった友達に感動し、お店に駆け込んだ

可愛くなりたい。可愛くなって自分に自信を付けたい。
あの人に振り向いてもらいたい、でもどうしていいのか分からない、怖い。

そんなジレンマを抱えながら気が許せる友達と遊んだ日。運命の分かれ道だったと思う。
B子がばっちりメイクをしてA子と私に合流した。高校2年となればメイクなんて常識だ、と思われるかもしれないけれど、A子と私はメイクのメの字すら脳内に浮かんだ事は無かったから、その衝撃たるや!
リップを塗り直しているB子を見ているだけでドキドキした。コスメのパッケージは勿論、いつもよりB子がとてもチャーミングに見えた。
リップ一本でこんなに雰囲気が変わるのか、と妙に感動してしまった。

その数日後、A子と私は学校帰りにコスメショップに駆け込んだ。
初めて見る沢山のコスメ達はどれもキラキラして見えて、その空間にいるだけで心が満たされる感覚がする。プチプラもデパコスと呼ばれるコスメも総じて可愛い。そして美しい。
それらを身に着けているお姉さん達は、もっともっと綺麗で輝いていて眩しかった事を覚えている。

神は7日で世界を創ったと言うが、メイクやコスメ達は私の世界をたった数時間で変えてしまった。それほど迄にその衝撃は大きかった。

初めてのメイクは散々だったけど、ずっぷりハマってメイクの沼に

初めてのメイクは散々だった。アイシャドウは濃すぎてぐちゃぐちゃ、ファンデーションはムラだらけ。リップは自分に似合う色では無かったし、マスカラはダマになった。おまけにアイラインはガタガタし過ぎ、擦れてパンダ状態。
到底人に見せられない姿に自分でも思わず笑ってしまった。
それでも感動した。ネットを見ながら手探り状態で、自分一人でも出来た事に。
難しそうだから、と敬遠していたメイクを下手だけれど完成できた事に。
今は始めた当初より少しだけアイラインが綺麗に引ける位には成長した。嬉しい。

元々オタクで収集癖があった私は、メイクやコスメといった沼にずっぷりハマってしまった。
底なし沼だ。少しメイクが出来るようになったと思ったら、また新たに他のテクニックに手を出す。新しいコスメにも手を出す。
これはもう一生抜け出せない。きっとおばあちゃんになってもメイク沼に浸かっているだろう。その有様が余裕で目に浮かぶ。

メイクが完成した後の自分は何時もよりちょっとだけ、ほんの少しだけ言いたい事が言えた。自信を持って人前に出る事が出来た。

いつも寄り添ってくれるメイクは、変身コンパクトであり、魔法の杖

私は小さい頃から、他人からキツイ言い方をされるとそれだけで萎縮してしまうほどの小心者であり、物をハッキリ言う父親との対話は小さな戦争だった。
いつも言い負けてしまい、下を俯いて泣いていた。
進路関係の事で、嫌でも父親と話さなければいけない時が来た。そこが自分の峠だと覚悟した。泣くのは悔しい、ちゃんと自分の気持ちを伝えたい、伝えなければ。
気合を入れてメイクした。フェイスパウダーをはたいて、何時もより濃いレンガ色のリップをつけて対話した。今日は泣かなかった、俯かなかった。言いたい事を言えた。
自分、頑張った。メイクがほんの少しの勇気をくれた。

メイクやコスメは悲しい時も自分に寄り添ってくれた。
明日はどの色のアイシャドウ使おう、どのリップをつけて、どのマスカラを使おう。
どんな服を合わせて出掛けよう。どんなメイクに仕上げよう。
そんな事を考えると辛い事も悲しい事も忘れられて、心が楽になる。満たされる。
メイクは私に沢山の魔法をかけてくれた。メイクをしているときは大嫌いな自分に少しだけ自信を持てた。鏡に映る自分が小憎らしくても赦せた。
メイクはまるでいつか読んだシンデレラの魔法のような、セーラームーンの変身のような。そんな気がして、いつも心が躍る。
メイクを始めてから、少しだけすっぴんの自分も好きになれた気がする。

メイクは私から切っても切り離せないかけがえのない大切な物で、私にとっての変身コンパクトで、魔法の杖で、フェアリーゴッドマザーだった。
これはこの先大人になってもずっと変わらない。私はメイクが大好きだ。