あの子とお揃いで買ったリップ。
あの子の唇にのせても私の唇にのせても似たような発色質感のはずなのに。
私は小さなリップに小さな小さな声で言った。
ごめんね。
君もあの子の唇で輝きたかったね。

人は言う。
肌の色で差別されることない世界を作りましょうと。
だったら今の目や鼻や輪郭の形で自然に差別されて、それを区別だと言い張る世の中のなんとバカバカしいことだろう。

どんな女の子も生まれれば品評会に出されてしまって、一芸に秀でてても仕事が出来ても女としてはどうだとジロジロと品定めされる。
それでも能力ある人はいい。なんの変哲もない品評会に弾かれてしまった女の子はどうすればいいのだろう。
化粧してお洒落してヒールを履いて、それでもブスと切り捨てられてぞんざいな扱いを受ける子に、私は何ができるだろう。

「最低限の身だしなみ」は満たしても、やはりメイクに興味を持てない

私が初めて化粧したのは高2。恋人に見合う女の子になりたくて背伸びした。
厚塗りのファンデーション。
似合ってないパッションピンクの口紅。
ギラついたアイシャドウ。

恋人はひと目見てぷっと吹き出した。
「雀ちゃんそれはないよ~」と言って、ひとつ上の同性の恋人はゲラゲラ笑った。
「雀、私がとびきり可愛くしてあげる」
そう言って恋人とドラッグストアに向かった。

「まずはナチュラルメイクからだよね~」と言ってポイポイカゴにコスメを入れていく。
「ねぇお金大丈夫?」
「大丈夫~。お小遣い今日だったから」
そう言って比較的安い価格帯のコスメを1式揃えた。

恋人の家にお邪魔して私は鏡台の前に座った。
「よぉ~し!雀ちゃん改造計画始めちゃうぞ!」
そういうと恋人は、丁寧に薄く薄く全てのコスメを塗り重ねていった。
その見違えっぷりに心底驚いた。

そばかすが消えて素肌が綺麗な人みたいに見える。
悪目立ちしてた唇が自然と血色よく見える。
綺麗にグラデーションされた目元は大人みたいだ。

「雀、仕上げするからこっち向いて」
ぷに。
唇と唇が触れる。
「とびきり可愛いよ。大好き」
恋人が言う。

ぽろり。涙がこぼれる。
「あ、こらこのマスカラウォータープルーフじゃないんだから~!」
大好きな人に綺麗にしてもらって大好きと言われる。なんてなんて幸せだろう。
私はこの日、この愛しい恋人のためにきちんと綺麗な人でいようと誓った。

「化粧って言い訳臭い。化粧なんてしないで」と彼は言った

しかし、この人に最後に見せたのは、きっとアイラインが滲んだ醜い顔だっだだろう。
泣き出すのは何とかこらえた。でも、どうしようもない行き場のないはみ出た涙が涙袋に溜まっていた。

別れ話。愛が消えたことを証明する話。
私たちはどうしようもない理由で別れることになった。
最後くらい綺麗な私で居たかった。それでも暖かな涙は目の周りの化粧を滲ませてしまう。
先輩。最後の私はもう可愛くなかったですか。

初めての失恋でボロボロになって、友達を捕まえては話を聞いてもらった。
そんななかだった。初めて彼氏が出来たのは。その彼氏は私がすっぴん号泣失恋話という最低の顔面の時告白してきた。

「俺たち、付き合いますか」
「ぐしゅ……うん」

それが私たちの記念日だった。
彼は私の顔面というものが心底どうでもいいみたいだった。
デートはいつもすっぴんだった。私がそうしたわけじゃない、彼氏がそれがいいと言うのだ。

「雀ちゃんはさそのままが可愛いんだからさ。化粧なんてしないでよ」
私はそのままが可愛いってことだと勘違いしてぬか喜びした。
しかし、そういう訳では無いことが分かる。
「化粧ってさ言い訳臭くない?騙されてる気がする。別に雀ちゃんの顔は中の中ぐらいで見れないわけじゃないから化粧しないで欲しいんだよね」

は?
なんだそれは。
その時、前の恋人がしてくれたとびきりの化粧の事を思い出した。
この人は私の化粧を可愛げのある仕草ではなく、整形かなにかだと思っていたのだ。

化粧は整形ではない。
気を強く持ちたい時は濃くリップを塗る。
フォーマルな場では眉毛をいつも以上に際立たせる。
ちょっと可愛さを忍ばせたい時はいつもより明るいチークを塗る。
彼はそんな可愛げを理解できないようだった。
なんだかんだあってモラハラ気味の彼氏とは別れた。

メイクはいつも私の味方で、「そうでありたい」私にしてくれた

最後に夫だ。
夫も顔面はどうでも良いみたいだが、前の彼氏とは少し理由が違った。
「俺は、顔のことその人の一要素としか思わない。良くても悪くてもその人はその人。本質がわかる訳じゃないよ」
そう言って夫は、今のバキバキにメイクした私もすっぴんの私も変わらず愛してると言ってくれる。

その姿勢は人類に対して平等で尊敬する所もあるが、すこし怖くもある。
それは見栄えではなく本質で私を判断しているということだ。
小手先の技では彼を引き止められない。
彼は私の何を見ているんだろう。
そう思うと、メイクで手に入れた自信がきゅっと萎んでしまう。

メイクは人によっていろんな価値観があると痛いほど理解した。
それでもメイクはいつも私の味方でいてくれたと思う。
別れた時も付き合う時も愛し合う時も「そうでありたい」私にしてくれた。
強い私にも、か弱い私にも、どんな私になりたい?と聞いてきてくれる気さえするのだ。

願わくば全ての女の子にメイクの恩恵があらんことを。