わたしは誰とも恋愛したことがない。

しないのか、できないのかは自分でも分からない。確かなのは、これまでに一度も恋愛といっていいような感情と経験を持ったことがない……と、いうことだけだ。

わたしは「愛情」を理由に、誰かと 体の関係を持ったことがない

相手が男性であれ、女性であれ誰かを好きになるということは、かなり手間暇の掛かる面倒な仕事としか思えない。 だから「淋しい人生」「つまらない人生」と誰が言おうと言うまいと、今どき買ってでも苦労しようと思う人間がいないように、わたしも恋愛をしたいとは思わない。…今のところ。

恋愛感情がなくてもセックスはできる、というタイプの人間は少なくない。 わたしもその一人だ。だけど正直に言えば、性欲が湧いたことはないしセックスなんかしなくてもいいし、困らないし誰にも触れられたくないけれど。たらふく酒を飲んで正気じゃない時、断ると面倒くさそうな時、沈黙が手持無沙汰な時。こういう時にだけ、セックスをしてきた。

とりあえずわたしは愛情を理由に、誰かと 体を合わせる経験などしたことがない。がゆえに、コロナが蔓延することで男女関係と、その距離感が見直されていることなど全く考えもつかなかった。コロナが流行ろうと流行らまいと、そういった意味でわたしは蚊帳の外にいるようだ。

コロナ禍の「付き合い方」を思うたび、母と二人の男性を思い浮かべる

ところで、わたしには老いた母がいる。40過ぎてからわたしを産んだので、母は現在、間違いなく高齢者にカテゴライズされている。 しかし、つくづく今どきの高齢者は若い、というより、深いと思う。高齢者のイメージといえば、落ち着きがあるとか分別があるとか、頭が固いとか頑固だとか、単純に爺いだとか婆あだとか? でも、最近の高齢者はそういうタイプ分けが無意味なほど、良い意味でも悪い意味でもとにかく欲深いなと感じる。そういう人が目立っているだけだとしても。

特にわたしの母は欲と煩悩が、年齢を経るごとに強く深くなっているように思う。 60過ぎての離婚をしたおかげで自由が手に入った反動なのか心細くなっただけなのか、母はあっと言う間に恋人を二人作った。

コロナ禍の今、恋人たちはどのような付き合いをしているんだろうと思うたび、母と二人の男性たちを思い浮かべてしまう。別に普段とそう変わらないのだろうか? マスクを外して手をよく洗って、消毒して歯を磨いて、キスするたびにセックスするたびに、「感染」の二文字を脳裏に思い浮かべるのだろうか?

いま高齢者は、コロナの予防注射を優先的に 受けることができると知った。母からそうLINEがきたからだ。ついては予防注射の申し込みと病院への送迎を頼む、とも。 「注射の申し込みはネットでのみ受付だそうなので、とてもあたしには無理だし、病院の駐車場はたいてい満車なので、車を停める場所を探すのがしんどい」のだそうだ。

こんな時こそ恋人の出番だろう……と白けた気持ちになる。だが彼らは「まだ若いから、病院に行くだけでもリスクが高い」ので頼めないと言う。

いい年して恋人の存在を感じない娘は、母の悩みの種であり好奇心の的

病院の駐車場は本当に満車状態で、60代とおぼしき年配の男性警備員さんたちが汗だくで走り回っていた。母から見れば、この警備員さんたちも自分の恋人たちも変わらぬ若さだろうが、わたしから見れば立派な年配である。

医療従事者である医師や看護師、助手さん全員が不織布のマスクをしている。母は神妙な顔をして注射の順番を待っている。マスク越しの恋なら、わたしにもできるのだろうかと不意に思う。いい年をして恋人の存在を感じさせない娘は、母の悩みの種であり好奇心の的なのだ。

時折、母は理解不能な自分の娘に対して、無神経な発言を繰り返すことがある。その度にわたしは母にぶちまけてしまいたくなる。自分が誰にも恋愛感情を持てないという性的マイノリティであることを、ではない。

母が恋人に、予防注射の申し込みや送迎を頼まなかった本当の理由をわたしが知っていることを、だ。 わたしが恋に落ちる可能性よりも、「実際の年齢がばれるのが怖いから恋人に頼めなかった」という母の秘密を守り続けていける可能性。 こっちの方が、ずっと高いような気がする。