風俗店での仕事。だれかに求められることに、満足すら覚えた

田舎で一人暮らしをする貧乏女子大生の私は、それまで私の生活を支えていた居酒屋でのアルバイトを、新型コロナウイルス感染拡大により失った。
オーナーもオーナーの奥さんも、すごく良い人だったけど、こればっかりは仕方なかった。
苦しいのはみんな同じだ。私は頭を下げて、笑顔で三年間勤めた居酒屋を去った。

さて、どうしようか。
私には、生活も、大学四年間の奨学金もある。
私がまもなく行き着いたのは、いわゆるメンエスと言われる、ソフトサービスの風俗店だった。どんな時代になっても、人間の根源的な欲求を満たすためのサービスは無くならないものだ。

私には母親がおらず、父は働き詰めで、あまり一緒にすごした温かい親子の時間というものは、正直、ない。
父も父で大変だったことは今だから客観的事実としては理解できるが、私はいわゆるネグレクトされた子供だった。
そのためか私には、自己肯定感がすこぶる低い。
性病をもらうのは嫌だったし、痛い思いも、気持ち悪いのも嫌だったからソフトサービスを選んだけれど、自分の若くて可愛い限られた時間を切り売りするのは造作なかった。
むしろ、自分がだれかに求められて認められることに、満足すら覚えた。

私には合っていたのだ。

誰にも求められない子供、どんなに頑張っても誰も見ていてくれない子供として人格の形成に一番大事な時期をからっぽで過ごしてきてしまった私には、この仕事はある意味腹の中のがらんどうを仮にでも埋めてくれるような感覚があった。

私は新人期間に、田舎の小さなお店では前代未聞といわれる売上を叩き出した。奨学金の目処が数ヶ月でついた。

そして、一番よくお金を落としてくれたお客さんを好きになった。

蜜月を楽しんでいたのは、彼だけでなく、私もだった

風俗業会では時々あることらしい。お客さんと女の子が付き合ったり、結婚したりする。
まさか自分に、と思っていたけれど、お金持ちで、年上で、やさしくて、顔も匂いもタイプだった彼に、すごく短期間で惹かれていった。
でも、わかっていた。女の子とお客さん、という関係だから、この恋愛ごっこが楽しいと。

「君みたいな子がいる大学に行ってたらよかったなぁ。顔がどんぴしゃに可愛い」
「ありがとう」

「好きになっちゃったかも」
「うふふふ」

「好きだよ」
「私も好きだよ」

「Nちゃんは俺のなんなのかなぁ」
「彼女(仮)とかじゃない?」
「いつになったら(仮)が外れるの?」
「そのうちね」

「契約結婚しない?月20万でいい?」
「お金なんかいらないよ(笑)」
「いやお金は払うよ。Nちゃんの若くて可愛い時間をもらうんだから」

「好きだよ」
「好きだよ」

「会いたかったよ」
「会いたかったよ」

私達の出会いは、毎回きちんとお店を介して、お金を介してだった。彼は私を独占したくてものすごく長く貸し切った。週に何回も。楽しかった。蜜月を楽しんでいたのは、彼だけでなく、私もだった。
お店に電話がかかってくると、私は目に見えて浮かれてた。
うちのお店では懇意の本指名のお客さんとの連絡先交換はみとめられていて、ラインでも毎日のように本当の恋人のような、こっぱずかっしくも楽しいやり取りをしていた。

「性病もってる?」説明しても、彼は信じなかった

二ヶ月ほどして、私は就職活動で一ヶ月ほどお店をお休みした。だんだん彼との連絡が疎になっていった。
ある日電話がかかってきた。電話は恥ずかしいから、と、私が電話しても絶対出てくれなかった彼から電話がかかってきた。

「Nちゃん、もしかして、性病もってる?」
心当たりはあった。カンジダの感染歴が、私にはあった。それは性病じゃなく、強い抗菌薬を飲まないといけないことがあって、そのときになったものだ。
ちゃんと薬で治してたけど、疲れたら再発したりする。気づかないうちに再発してたみたいだった。私は正直にそれを説明した。
でも、仕事が仕事だ。彼は信じない。

怒って、連絡もなくなって、今はブロックされている。
あのしゃぼん玉みたいな時間はどこにいったんだろう。「結婚」なんて、女の子がみんな夢見るような言葉まで言ったのに。出会いは出会いだけど、私たち、話も考えもうまくかみ合ってたのに。
楽しかったのに。幸せだったのに。

良い勉強だったのかも。
さようなら、風俗で働き出した、自己肯定感が全然持てない貧乏女子大生の、ちょっぴり幸せだった、小さな小さな夢の時間。

私は今日も出勤する。学校の合間を縫って車でモノのように運ばれていく。
人間の根源的な欲求を満たすサービスはなくならない。未知のウイルスのような、世界の様相を大きく変えてっしまうようなイベントが起こっても。
生活に必要なお金は自分でどうにかするしかない。どんなに自分の状況が恵まれていようがいまいが、皆なにかしらでお金を得て生きていくしかないのだ。少しでも自由に生きていくためには。
それでも、小さな小さな愛の世界は、かんたんに崩れ去っていく。