自分は、明るく前向きな人間である。
いいえ。

自分は、誰とでもすぐに仲良くなれる方である。
いいえ。

自分は、コミュニケーション能力に自信がある。
いいえ。

これは、就職活動でよく見かける、おなじみの性格診断である。私はこの性格診断というやつと、どうも相性が悪い。

性格診断は、「はい」と「いいえ」で答えられることばかりじゃない!

私は時と場合によるが、自分の意見をはっきり伝える方だ。自分の意見と周りの意見が食い違った時、自分の意見を飲み込んでしまう。これも時と場合による。他者を巻き込み、新たな物事に取り組むことができる。そんなことが出来たら、リンカーンにでもガンディーにでもなっている。

「考えすぎず、直感で答えてください」と、性格診断の時には必ず指示される。私はいつも診断の質問に突っかかってしまい、「はい」にしてみたり「いいえ」にしてみたりする。そのせいで、診断結果は整合性のないものばかりだった。

だって、質問の意味がよく分からない。世の中が、「はい」と「いいえ」で答えられることばかりなら、今起きている全ての問題はとっくに解決しているだろう。

内向的。協調性に欠ける。しんらつな診断結果だ。性格診断は私を落ち込ませる天才だ。矛盾した回答が多いせいか、診断結果の正確性は低めだと書かれたこともある。
正確性が低い上、ろくな結果が書かれていないなんて。ばかばかしくなって、やる意味なし!と開き直ってしまった。

人とコミュニケーションをとることが大好き。だって、理解したいから

私は、人と話すことが大好きだ。口から生まれてきたんじゃないかというくらい、おしゃべりだ。友人はけして多い方ではないが、本音で語り合える人ばかりだ。

たとえ性格診断にコミュニケーション能力が劣っていると言われても、私はコミュニケーションが大好きだ。人類はコミュニケーションをとることで、一人では到底成し得なかったことを成し遂げ、文明を発展させてきたのだ。

しかしながら、どんなに技術が発達しても、相手の考えていることを相手が感じているままに理解することはおそらく不可能であろう。

「何を考えているか分からない。いつか分かるようになりたい」と言われたことがある。でも、なんと答えたらいいか分からなかった。なんせ、性格診断もお手上げな私の頭の中である。所有者である私ですら、全然思い通りに扱えていない。

相手の考えていることが分からないから、コミュニケーションをとる

どうやら私は、調子良く話していたかと思えば急に黙り込んでしまうことが、ままあるようである。自覚はないのだが、複数人からの証言があるので間違いはないだろう。
神妙な面持ちに見えるのか、何か難しいことを考えているに違いないと思わせてしまうこともあった。

手元のアイスコーヒーに目を落としたり、壁にかかっているメニュー黒板を見つめたり。このアイスコーヒー、氷が溶けて不味くなってきたなとか、ここクラフトビールの種類多いなとか、本当にしょうもないことを考えていたとしても難しいことを考えているように見えてしまうことがあるのだ。これって、すごく面白いことだと私は思った。

「何を考えているか分からないから、面白いんじゃないかな」と、今の私なら答える。相手の考えていることなど、分からなくていいのだ。分からないからこそ、私たちはコミュニケーションをとるのだ。

いつの時代も、私たちがコミュニケーションをとる理由はただ一つ。「理解したい」という純粋な気持ちだけだ。矛
盾だらけなせいで性格診断にさじを投げられるような私でも、その気持ちだけはある。いつか苦手な性格診断とも和解できる日が来たらな、なんてね。