私にとってメイクをするということは、鎧を着るということだった。

陶器のような肌、煌めくアイシャドウ、真っ赤に濡れるリップ、そんな美しいコスメたちが私の弱い心を守ってくれた。そして、自信を与えてくれた。

メイクに対して「後ろ向き」に考えていたけど、友人とコスメを行った

幼いころから、人に強く言えない、大きな声で主張できない、NOが言えない、そんな気の弱い自分のことが大嫌いだった。クラスの中では、嫌なことを押し付けても引き受けてくれる人、便利な人、誰かの腰巾着、そんな風に思われていたと思う。

そんな私が変わるきっかけになったメイクと出会ったのは、高校3年生の夏だ。当時の私はメイクに対して、めんどうくさそう、お金がかかりそう、高校生だしメイクは必要ないと、とても後ろ向きに考えていた。

そんな後ろ向きな私を「メイク教えるから、一緒にコスメ見に行こうよ」と友人たちが誘ってくれたのだ。その日、人生で初めてバラエティショップのコスメコーナーに足を運んだ。

おしゃれなお客さんたち、色とりどりできらびやかなパッケージ、LEDに照らされた鏡、すべてがキラキラと輝いて見えた。私は足を踏み入れた瞬間に、「私なんかが来ていい場所じゃなかったな」と感じたのを今でも覚えている。

メイクと無縁の私が出会ったのは、運命を動かした「赤いリップ」

友人たちのコスメの話題は盛り上がり、「見るだけだから」とデパートのコスメ売り場にも足を運んだ。バラエティショップですら気後れしていた私はデパートに入ると、まるで異世界のようだと感じた。

そんな私だったが、ここで運命的な出会いをした。真っ赤なリップだ。正確には真っ赤なリップをつけて堂々と立ち振る舞っている店員さんに一目惚れをしたのだ。

家に帰った後も、1週間たっても、1か月たっても、あの真っ赤なリップが忘れられなかった。私は覚悟を決めてコツコツ溜めていたお小遣いをもち、再びデパートに訪れた。

ビクビクしながらも「店員さんがつけているのと同じリップをください」と声をかけることに成功した。するとカウンターへ案内され、あの憧れていたリップをタッチアップしてもらった。鏡をのぞくと、この場にふさわしいと思える私がいた。私は迷わずそのリップを購入した。

リップを購入してからの私は、「自分が好き」と思えるようになった

リップを購入してから、この真っ赤なリップに見合うように堂々とした立ち振る舞いを心掛けるようになった。丸く縮こまった背筋をぐんと伸ばし、いつも下がり気味だった口角をきゅっと上げ、顎を少し引くなど、あの店員さんのようになるべく努力した。

すると徐々に、横柄なこと、理不尽なこと、傷つくことを言われなくなっていった。私のなりたかった強い自分になれた。好きだと思える自分になれた。そう実感していた。

だが、唐突に真っ赤なリップの鎧は、私からはがされた。新型コロナウイルス感染拡大に伴い、外出時はマスクを着用することになったからだ。自信の源だったリップは出番をなくした。最初は、すごく不安だった。私からこのリップをとると何が残るのだろう、元の嫌いだった私に戻ってしまうのではないかと。

しかし、それは杞憂だったなとすぐに気付いた。あの真っ赤なリップがなくても、以前のような弱い自分に戻ることはなかった。リップがなくてもいつも通りふるまえたし、周りの対応は変わらなかった。好きな自分のままでいられた。

私は、ずっとメイクは鎧だと思っていた。しかし、メイクは鎧ではなく、なりたい私へと導いてくれるコンパスだったのだと気づいた。この瞬間、私はなんとなくだがメイクとの距離感がつかめた気がする。