どこまでも同化させようとする、就活のためのメイク
大学4年生のとき、はじめて学校のキャリアセンターに行った。
就活するつもりはなかったけど、興味のあるインターンシップがあって、応募するにはセンターに書類を出さないといけなかった。暑いのにめんどくさいと思いながら、カウンターで手続きをしていた。
カウンターの横には大きめの会議室があって、梅雨時期はいつも就活生の面接練習をしている。今日も、汗ばんだリクルートスーツの袖をまくり上げて校門をくぐる学生を何人か見た。
書類を書き上げて、センターを出ようとしたとき、面接練習が終わったのか、会議室のドアが開いた。
「あなた、もっと落ち着いた色のリップにしてください。就活には派手すぎる」
「あなたはアイラインがちょっと派手だから、もっとナチュラルにね」
面接担当のスタッフが部屋を出ながら、女子学生たちに言っていた。
「就活には派手すぎる」
なるほど、社会ではTPOに合う服装をしろというけれど、メイクもそうなのか。
でも、私から見ると普通のメイクにみえる。ローズ系のリップと、目じりからちょっぴり顔を出した細めのアイライン。私が裁判官なら絶対的に無罪。
「え、就活に向いているメイクがあるんですか?」
「これ、作ったばかりだけどよかったら参考にしてください」
女の子の顔のイラストが全面に描かれたプリントをもらった。
「眉毛の長さはこれくらい」
「リップの色はコレ」
「ビューラーを使うならマスカラは一回塗り」
なんだこれ。
裏のQ&Aはもっと最悪だった。
「Q. 普段メイクをしないので、あまりお化粧はうまくないのですが……」
「A. すっぴんはある意味マナー違反です。面接前に必ず練習しましょう」
きっしょ。どこまでも同化させようとする、その考えを私は気持ち悪いと思った。
メイクのTPO。確かに、就活でデーモン閣下みたいなメイクで学生が来たら、ちょっとびっくりするかもしれない。
でも、自分の好きな色のリップを塗る・アイシャドウを重ねるくらいは、別にいいんじゃないの? どんなメイクをしていても、本当は気づかないのでしょう?
なぜメイクと性的魅力をいつも関連付けるのか
もやもやしたまま家路を歩きながら、ふと昔男性に言われたことを思い出した。
「なんか、今日色っぽいね。メイクのせいかな? ハハハ」
字面だけ見るとただの変態にしか見えないけど、結構シリアスな国際会議に出た時の話。10歳以上年上の外国人大学院生から、会議二日目にさらっと言われた。
その日、私はスーツに身を包み、お気に入りのボルドーリップをつけていた。
長年力を入れてきた研究を発表する場に相応しい、私なりの気合の現れ。やる気スイッチ。
そして、それから今日まで一度もつけることができなくなったリップ。
純粋な能力を評価してもらう場で、自分の女性らしさを指摘されたことが本当にショックだった。
「私はどこまでも自分が女であることから逃れられない」
賞をもらっても、全然嬉しくなかった。私が女だから、性的魅力を感じたから、受賞させてもらえたのか。そういう風に考える自分も気持ち悪かった。
帰国後、すぐに「女らしさ」の断捨離をした。スカートを捨て、リップを捨て、レースのブラも捨てた。自分を「女」と定義づけるようなものをなるべく持っていたくなかった。
そこまで露骨でなくても、職場で「女」として見られていると感じた経験は他にもある。
好きなメイク、好きな服、好きな香水をつけているだけなのに、「あの子、モテようとしてるよね」と噂が立つ。ナチュラルメイクで出勤した日は、「俺はそのメイクのほうがいい」と上司に言われるし、濃いめのメイクをしていると、「美人なんだからすっぴんで十分」と同僚から笑われる。
うるせえ、好きにさせてくれ。人の容姿に評価をつけるなんて、一体何様なんだよ。
なぜメイクと性的魅力をいつも関連付けるの?メイクで上がる魅力はたったの数%って、某メンタリストが言ってたぞ。ほっといてよ。
もっと単純に、好きなメイクでハッピーになりたい
こういうメイクをするべき、そのメイクはトゥーマッチ。そこのラインを超えると「エロ」の対象となるから注意。
そう考えると、就活メイクは不必要に性的な目で見られないための仮面なのかもしれない。
同じメイクをすることで、あらゆる偏差値を合わせてフラットに評価されようとしているのか。歩きながら、もらったプリントを綺麗に畳んだ。
少し前、アメリカの若手女性政治家がヴォーグの動画で完璧な赤リップの仕上げ方を紹介して話題になった。今まで「女性らしさ」を封じ込めることがある種のマナーであった政治という場で、赤リップという「女の象徴」のような存在を紹介するなんて凄い、という考えが根本にあった故の注目度だったのではないかと思う。
彼女にとって、赤リップは強さの表れだと何かのインタビューで聞いた。
お守りリングが許されるなら、特別なメイクも許してほしい。
好きなメイクをすることは、私たち個人を自由にするだけじゃない。まわりの他の人に対して、価値観を否定しなくなることにも繋がっている。
少なくとも、好きなメイクをしている女性に対して「色づいてる」とは思わないでしょう。
キャリアを積みたいし能力を評価されたい。でも、そのために自分の性別を意識する必要は全くないと思う。
好きなものは好き。好きなメイクでハッピーになりたい。バカみたいだけど、もっと単純に考えていかないか。
まあ、どこまで行っても酔っ払いの戯言なんだけどさ。