ある日の朝のことだった。
「さえこちゃん、もしかして今日すっぴんでしょ?会社来るのにー。メイクはちゃんとしないと!」
職場の先輩から放たれたその一言には「すいません、ちょっと寝坊しちゃってー」と笑いながら返したが、わたし、あなたに何も悪いことしてないですよね?と考えてしまう自分がいることも事実だ。
ちょっと面倒だし、メイクするくらいならもう少し寝ていたいと思う日があるのは、いけないことだろうか。

コスメに心躍る幼少期、メイク禁止の中高時代からついにメイク解禁へ

初めてメイクに興味を持ったのは、まだ幼稚園のころのことだ。
欲しいとねだって買ってもらった子供用のおもちゃのメイクセットに心を躍らせ、コンパクトをひらき、リップやマニキュアを塗るだけで、とびきりかわいいお姫様になることができた。
でも学校生活が始まると、メイクに興味を持つのはよくないこととされるようになった。

中高では校則で禁止され、メイクをしていくと怒られる。先生はみんなしているのになぜ学生はダメなのかわからなかった。色付きリップをこっそり塗るのがささやかな抵抗だった。
そして大学生になると、なぜか突然メイクが解禁され、多くの人がメイクデビューする。
例に漏れず、何もわからないなりにいろいろ調べて、春休みに買いそろえたメイク一式で練習をし、入学式に臨んだ。周りはバッチリおしゃれしたかわいい子ばかり。大学にはこんなに垢ぬけた子がいっぱいいるんだ、と思った。

メイクに慣れてどんどん楽しくなり、化粧品メーカーに就職

授業にサークルにバイト、飲み会に合コン。大学に入ると人間関係の幅はぐっと広がる。
今までメイクにふれてこなかった私とは違い、中高生時代からおしゃれに気を配り、メイクをしてきた子がたくさんいた。メイクのアドバイスもたくさんもらった。
「さえこはピンクが似合うよ」
「チークは絶対入れな!」
「前髪あるからって眉毛書かないのマジでもったいないよ!」

友人目線のアドバイスはかなり的確だった。そしてメイクにも慣れたころ、周りの人から見た目をほめられることが増えた。「なにこれ、めっちゃ楽しいじゃん」と私は思った。
SNSやネットでメイクや化粧品のことを調べ、プチプラからデパコスまで買いあさった。メイクの世界にすっかりハマってしまっていた。
パーソナルカラー診断を受け、デパートのカウンターも怖くなくなり、毎日違うメイクで大学へ通った。就職活動をするころには化粧品の会社で働きたいと考えるようになった。
そして現在、無事受かった化粧品メーカーで働いて3年になる。新しい商品やトレンドメイクにいち早く触れられる今の仕事は楽しい。
でも、メイクや化粧品が好きで入ったのに、会社に行くためのメイクが面倒なのはなぜだろうか。

メイクのときめきは同じなのに、義務になると気持ちがくすんでしまう

楽しみが義務に変わった時、人はやる気をなくしてしまうという。たとえば映画が好きな人でも、絶対映画を毎日3本見る!となったらしんどいだろう。疲れていれば寝たいし、ほかのことをしたい日だってある。メイクだって義務になったらつらい。 
平日は眉を描くのすら面倒な私も、休日にはワクワクしながらアイシャドウを選ぶ。恋人の前でかわいくいたくて、お風呂上りにもうっすらメイクする。メイクの後に鏡を見て、「今日かわいくできたな」という日はウキウキする。
幼いころおもちゃのメイクセットを開けた日から、メイクして心がときめくのは同じなのに、マナーや義務になるとその気持ちはくすんでしまう。
メイクが好きだからこそ思うけれど、メイクなんて、面倒ならしなければいいし、好きならすればいいのだ。メイクする、しないは個人の自由だし、理由があってできない人もいるの

だから、他人がとやかく言うことではない。
就活メイク、オフィスメイク、流行のメイクに時代遅れのメイク。そんな枠は本当に必要だろうか。男性のメイクだって浸透してきた。ましてや学生に禁止すべきものでもない。
メイクに限った話ではないかもしれないけれど、すこしだけ「その人の事情」や「その人の気持ち」に寄り添える人が増えたら、この世界はもっと優しくなるんじゃないかと思う。
そしてわたしは、寝坊して朝すっぴんで出社した後輩を見ても、「今日は早く帰ってゆっくり寝なね」と言える先輩になりたいと思うのだ。