高校時代、通っていた高校は共学で、部活に入っていない私の青春といえば、『恋』だった。進学校で勉強に力を入れていた中、多分、恋がなかったら私の高校時代の青春は、つまらないものになっていたかもしれない。

あり得ないほど早く動き出す心臓。彼がいる空間だけ輝いていた

「今日の化学、難しくなかった?」
午前の授業と授業の合間の休憩の時、後ろを向いて友達と話をする。10分休憩の定番だった。だいたい、他のクラスメイトもこの短い休憩の時はトイレ以外教室から出ない。男子の馬鹿みたいな笑い声に、ふっと声を漏らした。

「あの六角形の四角とかさ、化学式とか、似たようなのばっかで覚えられないよ」
と、もはや呪文かよっと言いたくなるほどのそれに、愚痴が溢れる。

あー、本当やばいかも、と、視線をふと教室の扉のほうに遣ると、私の心臓はあり得ないほどに早く動き出した。
時間が止まったように感じて、その空間だけにきらっきらっと輝きが見える。顔が熱くなってくるのが分かって、同時に口元がにやけてくるのも感じていた。

「何見てるの?」 
と、私の方を向く友達も同じ方向に視線を動かすと、
「やったじゃん」
と、からかいの言葉を投げかけてきた。つんつんと、私の二の腕をつついてくる。
「ちょっ、ちょっと。聞こえちゃうでしょ」
と、彼の方を向いた時、ぱちりと目が合った。息を飲んだ。嬉しさよりも恥ずかしさの方が増して、繋がれた視線を自分から瞬時に逸らしてしまう。

もう、なにやってるの自分!、と心の中で大きく叫んで、おそるおそるもう一度彼の方を見ると、もう彼は私の方を見ていなくて、同じ部活の男子と話をしていた。

クラス替えで同じクラスになった彼。教室に行くと席が隣で…

化学に対する鬱憤は、彼の姿を一目見ただけで、今日の青空に吸い込まれていった。ベンゼンの六角形の記号なんて、もう頭の中から消えていた。
脳内を埋め尽くすのは彼のことばかり。休み時間はあと5分。彼のクラスはここから一番遠いところにあるから、もうすぐいなくなってしまう。

「話しかけないのー?」
「む、無理だよ」
「顔赤くなってるー」
話しているうちに、彼が教室を出て行く姿が見える。あまり、というか初めて私の教室に来たのに、普段は彼の教室の前を通る時とか、休み時間に偶々すれ違う時に見るだけでこんな風に同じ空間にいることなんてないのに、私は何も出来なかった。

「あーあ、行っちゃったね」
「行っちゃった」
話しかけられなかったことに対しての後悔はあったけれど、それよりも、彼の姿を見られた興奮の方が上回った。

年が変わりクラス替え。なんと、彼の名前を同じクラスの表に発見し、教室に行くとまさかの隣の席であることが判明。
嬉しいと言う気持ちよりも、え、どうしよう、え、無理無理、心臓もたないよ、と、座る前からどきどきしっ放しで、先に座っていた彼の隣に行き、私は遠慮がちに席に座った。

彼は友達と話していた。私は彼に背を向けて、去年から同じクラスである友達に話しかける。

緊張で上手く話すことができなかった、遠くから見ていただけの恋

背中が熱い。まるで燃えているように、熱を感じる。90度身体を回せば目の前にいる好きな人。今までは遠いところからしか見られなかったのに、急にその距離は近くなる。ううん、近くなりすぎた。

友達はあからさまににやにやしていて、私は声を出さずに「やめてよ!」と訴えた。
もう、このまま死んじゃうんじゃないかというくらい、心臓は早く動きっぱなしだった。
結局、その人とは緊張のあまりうまく話すことができなくて、そのせいで距離が縮むこともなく、告白してくれた人と付き合うことにした。

彼とは付き合うことはできなかったけれど、遠くから見ていた時の恋、そしていきなり近くなって毎日緊張で心臓がおかしくなりそうだった時の息苦しい恋は、まさに青春だった。高校という多感な時期だからこそ感じられる青春だと思う。
だから私は思う。共学でよかったな、って。
もし、周りが同性ばかりの女子校だったら多分、いろんな種類のどきどきを感じられなかったと思うから。
もしまた高校時代に戻れるなら、やっぱり私は共学を選ぶ。