「え?ないない、アイツに彼女なんてできないよ!」
 
昨年の12月末、アイツとAちゃんは付き合っているのかと聞かれ、鼻で笑い飛ばした。相手は確信があるようだったが、仲の良い私でさえアイツからそんな話は聞いたことがなかった。
確かに、アイツはAちゃんを狙っていた。二人で遊びに行ったことも知っていたし、付き合うのも時間の問題かもとは思っていた。だけど、私にも確信があった。
アイツは、まだ私のことが好きだって。

私を“推し”と呼ぶアイツが“好き”に変わった瞬間を私は覚えている

アイツと仲良くなったきっかけは大学のサークルだった。
同学年で男子は一人しか居なかったけど、アイツは持ち前のコミュ力で私たち女子にすっかり馴染んでいた。サークル同期で誕生会をしたり、旅行に行ったり。
いつからか、アイツは私を“推し”と呼ぶようになっていた。

“推し”が“好き”に変わった瞬間を、私は覚えている。きっかけは、お酒の入った同期の冗談だったと思う。
「いつも“推し”って言うけど、いつの間にか“好き”になってたりするんじゃないのぉ?」
同期はからかうつもりで言ったのだろうが、その言葉になぜかぎくりとした。やけにドキドキと鳴る胸を鎮めながら、耳を研ぎ澄ました。多分ほんの1秒くらいの時間。私にはもっと長く感じたけれど。
やっと口を開いたアイツは、そうかも~とおちゃらけた様子で答え、すぐに話をそらした。少し、耳が赤かった。なんとなく、気づいていた。

ツンデレな私でも楽しそうなアイツと、このまま友達でいられたら

私は恋愛に臆病で、アイツの好きサインに気づいても拒む素振りばかり見せていた。どんなにツンデレな私を見せてもアイツは楽しそうだったし、このまま友達でいられたらと思っていた。
そんな曖昧な関係が2年近く続いたある日、アイツに彼女ができたことを知った。それも、3ヶ月前に。
同期のほとんどが既に知っていた。多分、きっと、私も薄々気づいていた。
兆候はあった。アイツから「普通に」話しかけてくることが増えたこと。アイツはクラスのムードメーカー的存在でお調子者だけど、同時にとてもシャイだった。
私にちょっかいはかけてきても、日常的に「普通に」話しかけてくることはほとんどなかった。好き好きオーラは出してくるくせに、肝心の「好き」のふた文字は決して口に出さない。二人ではご飯すら誘ってこない。そんなアイツがもどかしかった。
だけど、名前のつかないその関係が心地よくもあった。彼女ができたなんて、認めたくなかった。

いつも欲しい言葉をくれたアイツを、私は好きだったのだろうか

私はアイツが好きだったのだろうか。タイプでもなんでもないアイツを、いつの間にか好きになっていたのだろうか。
思えばアイツは、いつも私の欲しい言葉をくれた。自信なんてまるでない私に、「Mは、Mが思っているよりずっと可愛いよ」って言ってくれたこと、今でも鮮明に覚えている。恥ずかしかったのか、目も合わせてくれなかったけれど。
アイツがいたから、自分のことを好きでいてくれる人が一人でもいるって信じられたから、私は自分に自信が持てた。
これが恋愛の“好き”なのかはやっぱりわからない。でも、間違いなく、私にとってアイツは必要な人だった。必要で、大事な存在だった。
アイツが私に好きって言わなかったように、私もアイツにこの気持ちを伝えていない。だけど、今、アイツが幸せならいいやと思うことにした。
油断すると、携帯に手を伸ばしたくなるし、胸に熱いものが込み上げてきたりなんかするけれど、私に自信をくれたあの人が幸せになる手伝いをしようじゃないか。
「私のそばにいて欲しい」なんてわがまま、絶対に言わない。
だから今日は、今日だけは、思いっきり泣かせて。