私は、地元の公立中学校卒業後、私立の女子高、女子大に進学した。学歴の半分ほどは女子校で過ごしたことになる。そんな、共学と女子校の両方で過ごした私が、「女子校」について考えてみる。今回は、女子校生活の「前半戦」である「女子高校での生活」を振り返ってみる。

男性と関わらない生活をしたいと思い、母校となる女子校と出会った

そもそも、女子校に進学しようと思ったきっかけは、とにかく「男子が嫌いだったから」だ。
私は中学時代、同級生の男子達からいじめを受けていた。聞こえるように悪口を言われたり、あからさまに避けられたりしていた。そこから「とにかく男性が嫌だ」と思うようになり、生涯男性と関わらない生活をしたいと思った。

そんな時に、進学情報のパンフレットで、後に母校となる「女子校」と出会った。学校説明会に行って、校内に入ると「私、この学校に行く」と直感的にビビッときた。運命を感じた。
そこから、私はその学校を志望校に設定した。女子校は他にもたくさんあるけれど、その女子校1本に絞って受験勉強を始めた。
なぜなら、その学校は、私立でありながら、付属の小学校・中学校がなかったからだ。つまり、高校の入学式で全員が「はじめまして」からのスタートになるからだ。

中学でいじめに遭い、散々な中学生活を送っていた私は、とにかく人生をリセットしたかった。付属の小学校・中学校があると、「派閥」や「マウンティング」があると聞いていたので、付属の小学校・中学校がない女子高校は、私にとってとても魅力的だった。
それからその女子校を推薦受験して、見事合格を勝ち取り、無事に憧れの女子校スクールライフの幕を開けることができたのだ。

今の私の「基盤」を作り、生き抜く術を身につけた女子校での3年間

女子校で過ごした高校生活を振り返ると、良いことも悪いこともあった。嬉しい時は全力で喜び、悔しい時は思い切り泣いた。
部活に熱中したり、友達とくだらない話をしてお腹を抱えて笑ったりした。制服姿で鬼ごっこをしたり、放課後に街へ出て遊んだり。時には、友達と仲違いして落ち込んだり、勉強を頑張れなくて、先生に喝を入れられたりしたこともあった。

そんな自分が悔しくて、勉強を頑張って「絶対に見返してやる」と思って勉強に熱中して、成績が上がったこと。憧れの大学を目指して猛勉強したこと。
振り返ると、「女子校」での3年間が、今の私の「基盤」を作ったのだと思う。高校の3年間を思い出すことはあまりないけれど、「人生を生き抜く術」を自然と身につけていたのだと思う。
その中でも特に、「女子校に進学して良かった」と思うことは、「女子だから」ということで差別されることがなく、「女性でもやればできる」という考えが確立されたことだ。

だから、社会人になった今でも「女性だから」という考えが全くないし、そう思ったことは1度もない。世間がどうして「女性だからできない」とか「女性だからこうあるべき」といちいち言うのか意味が分からない。特に、「女子だから勉強できない」という思考の人が未だに存在するのが信じられない。

勉強をもっと頑張ろうと、燃えるきっかけになった先生とクラスメイト

私は、高3の時に、成績がクラストップだった。高1の頃から、勉強はそこそこ頑張っていたし、進級には全く問題がなかった。しかし、高3になった初め頃に、勉強をもっと頑張ろうと心が燃えるようになった。それは、喝を入れてくれた担任の先生と、ライバルとなるクラスメイトと出会ったからだ。
高3の初め頃、担任の先生との2者面談で、「このままだと大学に行けないよ」と言われた。その頃の私は、特に勉強を頑張りたいという気持ちもなく、「マイペース」でゆるく勉強をしていた。

そんな「ゆるさ」を見抜かれていたのかもしれない。先生に熱く色々なことを言われて、涙が止まらなくなった。涙目の顔がクラスメイトにバレないように隠しながら教室に戻ったこと、帰宅して親の前で泣いてしまったことは今でも鮮明に覚えている。
その後、私は勉強を人一倍頑張るようになった。とにかく夢中だった。悔しくてたまらなかったのだ。
もう1人のキーパーソンは「ライバルのクラスメイト」だ。私が通っていた高校では、クラスごとに成績上位の生徒の名前が掲載された「成績ランキング」が配られていた。ライバルの彼女は、成績トップを狙っていたので、各科目の定期テストが返却されるたびに「何点だった?」と私に聞いてきた。

負けず嫌いで、諦めが悪い私を作った女子校生活は、人生の財産

でも、嫌な感じではなく、フランクな感じで聞いてきた。私の点数をこっそりメモしているのを見た時はさすがにびっくりしたけれど、彼女は最後まで正々堂々と勝負していた。嫌味や妬みは一切なかったので、私は爽やかな気持ちで勝負することができた。
スポーツ少女だった彼女だからこそなのかもしれない。そんな私たちのバトルを、クラスメイト達も応援していて、「どっちが勝つか」に注目するようになった。いつしか、私と彼女の成績バトルが、クラスの「風物詩」となっていった。

そんな彼女や周りのクラスメイトに触発されまくっていた私の心は、次第にメラメラ燃え始め、勉強に没頭し始めた。結果は……最後まで私の勝利だった。
私は、今でも負けず嫌いだ。そして、良くも悪くも諦めが悪い。それは、3年間の「女子校生活」で培われたものだと思う。何事に対しても「女子だから」という考えが私の中にないのは、女子校生活があったからだと思う。
「人生を生き抜く術」を教えてくれた3年間は、私の人生の「財産」と言えるかもしれない。