初めて親元から離れた一人暮らし。寂しさを感じたのは引っ越した日の夜のみ。翌日から新たな生活場所を探検するために買い物にでかけた。

慣れ親しんだ地元や実家とは何もかも違って、ご飯を炊くのも、調理するのも、ちょっと緊張した。夜寝ようとしたら、上の部屋からものすごい音が聞こえて「こりゃ誰か倒れたな」て思いながら、他人がたてる生活音をどう対処したらいいんだろう、なんて、思ってた。
そして翌日、冒頭に戻る。

最初は違うグループだったけど、大学1年の夏から仲良くなったあの子

同じ教室には高校の同級生が数人いたが、ほとんどは知らない人ばかり。人見知りしない私は、席が近いいろんな人と話して、どの辺に住んでる、地元はどこで、その子高校同じだったよー!なんて話もして。
数日中になんとなく一緒に行動するメンバーが決まっていったけど、「あの子」とはグループが違った。「あれ?上の部屋ってあなただったの!」という発見はあったが、クラスメイトにすぎなかった。

グループが変化したのは夏頃。大学生活に慣れ出して、それぞれ生活パターンが決まってくると、なんとなく感覚があう人間同士で固まり出す。ゲームが好き、バイト命、おしゃれ好き。

あの子はそれまで、幼稚園からずっと一緒の2人組と行動していて、3人編制だったけれど「2人の絆に入れないわ」と感じていたそう。その頃高校からの友人を含む7人ぐらいのグループのメンバーが分裂し始めて、4人くらいにまとまっていた。友人とあの子は頭が良く話があっていたようで、そこから5人で行動し始めた。あの子と中学時代の同級生が付き合うことになり、そこからさらに仲良くなった気がする。

同じ職場で働き始めて3年目。私はプレッシャーで心がポキンと折れた

時は流れて私とあの子は同じ職場に入り、働き始めた。
私は早々に辞めたい、辛いと泣き続けていたが、あの子は話すと「辛いよね」というものの、職場で泣いたりする様子はみられなかった。あの子と同じくらい頑張りたい、先輩たちから認められたいと思っていた。しかしあの子は優秀で、できていない自分を自分で呪っていた。

そして3年目の途中、私はあの子と自分を全く比較しなくなった。
それは、私が壊れたから。心がポキン、バラバラになった。
なんで生きなきゃならないんだろう、死んだらダメなの?って思っていたし、「ゴミはゴミ箱にいれるのに、なんで人間はそうしちゃダメなの」と本気で話していた。それぞれの年代に達成課題が課されて、私たちはその日のメンバーをまとめる、というものだったけど、そのプレッシャーと今までなんとか誤魔化していた辛さみたいなものが溢れ出してしまった。

私は課題を途中でストップすることになり、あの子は継続していたから、明確に差が出始めた。心が持ち直した私は、あの子から半年遅れで課題を再開させたが、もちろん経験に差がある。
先輩たちは本当に私を心配して「痩せたね」「食べてる?」「病気になっちゃうよ」「寝れてる?」と声をかけてくれた。プライドが高い私は「食べてなくても働けるから、食べる必要ない」と思っていたから、その言葉がまたプレッシャーになった。

友達が同僚で時にライバルであることが仕事を頑張れる原動力になった

でも、あの子はいつも通りに世間話をしくれて、たまに恋ばなをして、職場の愚痴を言って。私のプライドを傷つけないでいてくれた。彼女が頑張っているからなんとか仕事はこなそうと決めて、日常生活が崩れやすいこの病気でも最低限の体調維持と生活を続けられた。

そして、今では「毎日生活できるお金をなにもしないなら辞めるけど、そうでなければ働くかな」程度の気持ちで働くことができている。人の役にたっていると感じることもできていて、他者評価が重要な私のいきるモチベーションになっている。
友人で、同僚で、ライバルで、そんなあの子が今でも隣で頑張っている。だから私は生き抜いて、働き続ける。