コロナ禍での恋愛は、制約が多い。

29歳。恋人と別れ数年が経ち、仕事に忙殺される日々。加えて新型コロナウイルスの感染拡大。恋愛はもうずっと優先順位の低いところにあって、おざなりになっていた。

第一、今はどこにもでかけられないし、誰に会うのも難しい。「そうそう、仕方ないよ」そう自分に語りかけながら、同世代の友人の結婚や出産の報告で溢れるSNSを伏せるように閉じた。

29歳、難しい年頃だと自分でも思う。

誰かを思ったり思われたり、生きていく理由そのものじゃないかと思う

仕事もほぼリモートワーク中心になった頃、いよいよ本当に家で一人過ごす時間ばかりが増えた。会社から持ち帰った仕事用のPCが青々と光る。今日もどうやら一日が終わったらしい。

散らばった書類を拾って、ベッドにダイブ。天井を見つめる。仕事以外の話を誰かと最後にしたのがいつだったか、もう思い出せなくなっていた。

正直に言ってしまえば、将来への不安は多い。恋人がいることや結婚をすることだけが幸せの全てではないと思ってはいても、こうして見えない恐怖が多い世界に立たされ、この先も生きていくことになると話は違う。誰か一人を思ったり思われたり、そういうことって何だか、この時代にそれでも生きていく理由そのものじゃないか、と思う。

私と同じように乱暴に転がるスマートフォンに目を移す。ずっと見ないふりをしていたアイコン。数年前、友人の勧めで気乗りしないまま始めたマッチングアプリだ。これも最後に開いたのはいつだっけ、そう思いながら指先で重たい扉を開けた。

そこには、コロナ禍で同じような不安を抱えた人がたくさん身を寄せていた。誰しもが、目先の恋愛ではなく、心の拠り所を求めているように感じた。私は、ふと一人の男性のメッセージに目が止まり、そのままやり取りを始めた。

マッチングアプリで出会った彼と会わぬまま100日が過ぎていた

少し年上の彼は医療従事者で、休みなく働いていた。私と同じように彼も、「不安な時代に心から寄り添える存在が欲しい」と言っていた。心優しく気さくで、私もいい印象を持っていた。

が、私は仕事以外の関係で異性と交友すること自体が久しぶりで、まるで取引先の相手にお伺いを立てるかのように会話を続けた。そんな私を笑って、緊張をほぐしてくれ、気づけば私たちは電話をする仲になった。

趣味のこと、最近読んだ本のこと、育った街のこと。二人とも多忙な中での癒しの時間になっていたから、電話の間だけはコロナのことは忘れてなるべく明るい話をしていたけれど、つい喉元まで出かかる「会いたい」という言葉を押し殺す度に悲しいかな、現実に引き戻された。

彼とは県を跨ぐ距離であったし、彼の仕事のことを思えば、自分がどうあるべきかは明白だったから。彼への伝えられない気持ちは日記にそっと書き留め、多くは望まずに、今はこの雪解けのような気持ちをゆっくり育もうと決めた。

そんな関係もなんと100日ほど経ち、季節がすっかり移り変わった。ちょうど住んでいる地域の何回めかの緊急事態宣言が解除されたとき、いつもの電話で彼がふと、「僕たち会いませんか」と言った。

「会いましょうか… 会います、会いましょう」と泣きながらおかしな返事をする私をまた笑って、私たちはご飯の約束をした。

100日以上もメッセージや電話で築いた関係には、愛が生まれていた

はじめて会う日。待ち合わせの時間。交差点の向かいの標識の下、彼の姿が見えた。遠目でもマスク越しでもすぐにわかった、ずっと一番会いたい人だった。

私たちは並んで少し歩き、ご飯の店に行った。「初めて会うのだし、第一、次いつ会えるかわからないかも」と思って、聞きたいことや話したいことをメモアプリに残していた。

スマートフォンをしっかり携えて着席したカウンターには、「黙食推進」の文字。目を合わせて困ったように笑って、私たちはまるでたまたま隣に居合わせた他人のように静かに文字通りの食事を済ませた。もちろんメモの出番はなかった。

こう文字にしてみれば、残念な初デートかもしれない。でも、私の心は大きく震えていた。だって彼は目の前にいて、並んで歩けば影が落ちていたし、瞳の色が印象より赤みがかっていた。

指に小さな傷があって、ご飯をよく食べていた。何というか、生きていて、実在した。写真も見ていたし電話も何度もしていたんだから、そんなこと当たり前かもしれないけれど、彼がこの100日も確かに存在してこんな風に無事に生きていたんだ、と思ったらしみじみ嬉しくて、幸せな気持ちで帰路についた。

そのとき、同じく帰路につく彼から電話があった。「今日はありがとう。あのね、会ってどう感じた?俺は、変な話だけど、本当に実在したんだって思って。夢みたいだなって」と言った。私もやっぱり笑いながら「同じだよ」と言った。

二人とも、きっとずっと、互いが確かに存在する証明だけが欲しかったんだ。恋愛がパズルだとしたら、これが最後のピースだったと思う。「俺たち付き合いませんか」そう言ってくれた彼の言葉に、私が断る理由はなかった。

コロナ禍での恋愛は制約が多い。でも、それが一体何だというのだろう。一寸先も見えない暗闇の中で、たった一つ手を結ぶことができたのなら、もうこれ以上怖いことなんて二人にはないような気さえする。

愛する人が、今確かに生きていること。変わっていくことだらけの時代の中で、変わらないもののことを見失わずに、大切に抱きしめられますように。