「女って怖いよな」
それは大学生3年生、男女数人でだべっているときに男の子が言った言葉だった。
「悪口とか、いじめとか、すげえ陰湿そ~」「わかる!」と男の子。
「え~?そんなことないよ~」と女の子。
「いや、でも確かにそうだったりするかも。だってさ」と、別の子が部活動の女子同士で揉めた話を披露した。

とても普通な彼。不良グループにいることが不思議だった

私はそのとき、ある出来事を思い出していた。
私が生まれ育ったのは、田舎、と呼ぶには発展しすぎていて、都会、と呼ぶには遅れすぎているようなところだった。
小学校は地区に3つ。中学校は地区に1つ。だから、3つの小学校が合体して中学校になる。私が通っていた小学校は、3つの中でもダントツに小さかった。1クラス30人しかいなかった小学校とは違い、中学校では6クラス200人近い同級生ができた。

有り余る体力と、制御できない自分が生まれ始める中学2年生のときの話。中学校という組織にどきどきしていた1年生と違って、中二病、中だるみ、なんて言われる時期。学年に不良グループができた。
着崩した制服、校則違反の髪色、ガニ股で廊下を闊歩する彼らに先生たちも手を焼いていた。

6クラスのどのクラスにも、この不良グループに属している人がいて、もちろん私のクラスにもその”仲間”がいた。
他クラスの友達に話を聞くと、授業中は座っていられず、いきなり外に飛び出して先生が捕まえにいく、なんてことは当たり前。
給食の時間に登校してきたり、急にキレてひと暴れしたあと突然いなくなっていることも日常茶飯事らしかった。
けれど私のクラスの彼は、なんというか、とても普通だった。不良というよりは、お調子者、という感じ。クラスでは盛り上げ担当のような存在。
髪も茶色だったけど、それは地毛らしく、勉強は苦手だけれど、普通に話もできる。突然キレる、なんてことはない。
私は、彼が不良グループにいることがとても不思議だった。

誰もがただ、見ていることしかできなかった

その出来事が起こったのは給食が終わったあと、掃除の時間のときだった。
彼と一緒の私の班は、教室掃除の担当。確か私は、ほうきを持っていたと思う。

突然「おーい!来てやったぞ!」と、ドアのほうから大きな声がした。その声と一緒にドアがバーンッ! という音をたてて開けられた。
教室にいた全員が目を向けると、不良グループが数人。恐らく彼に、“仲間”に、会いにきたんだと思う。
そして、リーダー的存在の男の子が教室にずかずか入ってきた。金色に染められた髪の毛、耳にはいくつもピアス。
中二病、という言葉が私の頭に浮かんだ。

「なに掃除なんかしてんだよ!」
そう言ってリーダーは、彼が持っていたほうきを奪って、床に投げ捨てた。
廊下からは騒がしい声が聞こえているのに、私たちはストップモーションのように動けなくなった。
そのまま、乱暴に“仲間”のワイシャツの襟をつかんだかと思うと、黒板の前に引っ張った。
教室の外では、一緒にやってきたリーダーの取り巻きが、にやにやとその光景を見つめている。
「ちょ、なにすんだよ~……」
へらへらと笑う彼は言葉尻がフェードアウトし、なされるがまま。

リーダーは、一番長い赤いチョークを手にすると、黒板に大きな丸を書いた。その内側に一回り小さな丸、さらに内側に小さな丸、もっと小さな丸。それぞれの丸に数字をいれる。
10、30、50、100。内側にいくほど、大きな数字を書き入れる。

的だ。アーチェリーのような的が黒板に現れた。

「おら、ここ立て」
リーダーは“仲間”を的の前に立たせると、小さなチョークを手に持ち、黒板と距離を取る。
嫌な予感がした。教室の外から取り巻きが、やっちまえ~! と粘ついた声で言った。

次の瞬間、持っていたチョークをヒュッと投げた。
バンッ! と音がして、黒板にぶつかった。
瞬間、粉々に砕けたチョーク。
「ひっ」と小さく女の子の声がした。床の拭き掃除をしていた同じ班の女の子。その手には、使い古された雑巾が握られている。
間一髪、投げたチョークは、彼に当たらなかった。

「おい! なによけてんだよっ! お前に当たったら1000点なんだからよけんなよ!」
楽しみながら怒っている、そんな声色。
誰もが事態を見ていた。ただ、見ていることしかできなかった。

同い年なのに、まったく違う生き物、理解できない思考回路、彼はずっとへらへら笑っている。
もう一発いくぞ! とリーダーが振りかぶったとき、「なにやってんの!」と怒鳴り声がして、教室に担任の先生が入ってきた。
ぷつんと切れた緊張の糸。教室にいたみんながふっと息を吐いたのがわかる。
そのとき初めて、私もほうきを握る手に力が入っていたことに気づいた。

先生はあっという間にリーダーを掴むと、「こっちに来なさい!」と取り巻きたちも連れて行ってしまった。
黒板に目を向けると、肩で息をしてる彼がいた。
怖かったんだろうな。ごめんなさい、と心の中で謝った。

男の世界にも女の世界にも、意地悪、陰口、妬み嫉みがある

私は、小中高大と学生生活はすべて共学だ。女の子がいて、男の子がいる。
そしてどちらにも同じように、意地悪があって、陰口があって、妬み嫉みがある。
あのときの出来事でわかった。
それは、「男の子の世界も、女の子の世界と同じ」ということ。
性別の前に私たちは人間だ。私たちの世界は、ひとつ。
男の子と女の子、ふたつじゃない。共学でそれを学んだように思う。

「やっぱ女ってこえ~!」
声がして、大学生の私に戻ってきた。
どうやら、女子同士が揉めた話は終わったらしい。突き詰めると、部活動における方向性の違いが原因だった。
そんな衝突は、誰にでも起こる。「そうかな、別にそれって女だけじゃないよ」と私の声がした。