何者にもなれないと諦める自分は見たくなかった。何者かになりたくて、走り続けていた。気づいたら、止まり方すらわからなくなった。

誰が見ても充実している大学生活。だけど、焦りは消えなくて

大学に入学して4ヶ月。一人暮らしにも、新しいアルバイトにも、サークルにも慣れた。
海外ドラマ鑑賞、英語本の多読、毎日の料理、スペイン語の勉強、近場のカフェ開拓、毎朝の散歩、ボランティア活動、恋愛、ダイエット、アクセサリー作り、ベランダのプランターにはトマトとレタス。
受験生の一年を取り戻すかのように増えていく趣味と、大学の課題レポートで埋め尽くされた私の生活は、誰が見ても充実している大学生のそれだった。

4ヶ月間で大学から学んだことといえば、オンライン授業のバレないサボり方ぐらいだが、課題の多さに誰もそんなこと気にしていない。だらだらと続くサークルのミーティングを面倒くさいと思う気持ちには蓋をして、薄っぺらく褒められる自分の経歴は隠すようになった。
フィードバックすらこない課題レポートも、夜中まで帰れないアルバイトも、猫をかぶったまま作った友達関係も、淡々と続ければいつか何かになると思っていた。始めた趣味の一つぐらいは、どこかで役に立つと思っていた。

「きっとまだ始まったばかりだから」
そう思い続けていつのまにか大学の8分の1を終えていることに気づいて焦った。

もしここで止まったら、すべてを失ってしまうかも…

夏休みは、就職で有利になるようにインターンシップに行き、バイトを増やしてお金をためて、興味が湧いたプログラミングの勉強も始めよう。
いつかきっと役に立つはず。

夏が明けたら勉強しながらお金を貯めて、冬休みには免許を取ろう。
いつかきっと役に立つはず。

授業がつまらないと大学に文句を言うのはやめて、1人で好きな勉強をしよう。周りが私を見てくれていないと不満に思うのはやめて、良い子で居続ける努力をしよう。
自分が変わっていけば、いつかきっと何かになれるはず。

「いつかきっと」を目指して、背伸びをして選んだぶかぶかの靴で走り続けた。いつしか、「変わり続けなきゃ。新しいことをしなきゃ。このままじゃ何者にもなれない」に追いかけられるようになった。
足はもう靴擦れでいっぱいだった。それでもここで止まったら、すべて失うと思った。止まれない、止まり方がわからない。号泣しながら電話をかけた。

「全部放り出していいから、一度うちに帰っておいで」
両親の言葉が温かくて、さらに涙が溢れた。頑張ると決めてきたこの場所から逃げるのは、悔しくてしょうがなかった。

逃げ帰って気づいた。私は私のままで、ちゃんとここにいる

でも、逃げ帰ってよかった。ご飯がおいしかった。親友は温かかった。海から潮の匂いがした。鳥が鳴いていた。風が生ぬるかった。たくさん歩くと疲れたし、食べないとお腹がすいた。
無理矢理自分を止めて、逃げ帰って見た世界は、色で溢れていた。

何者にもならなくていい。まだなれなくていい。何者でもなくても、生きてるからそれでいい。自分のままでいい。
止まってみてわかった。私は私のままで、ここにちゃんと存在していると。

変わっていく環境と生活の中で、何かになろうともがいていた。何かになることに必死で、いつのまにか自分自身を見失っていたみたいだ。
きっと止まらなければ気づかなかった。止まることで見えた景色は美しかった。
一度止まった先では、どんな世界が見えるのだろうか。わくわくしてきたから、もう大丈夫。そう思えるところがいかにも自分らしい。

誰もいない家に帰る支度をして、空港に向かう。
背伸びはしなくていい。裸足のままでいい。また走り疲れたら止まればいい。方向転換したっていい。止まれなければ、罠を仕掛けて転べばいい。転び方は無様でいい。一度座り込んでもいい。
だって今、立ち上がってまた歩き始めた私は、きっと誰よりもかっこいい。