嫌な予感がしていた。
何かが始まってしまいそうで、何かが終わってしまいそうで、その変態はもうすぐそこまで迫っていることを肌で感じていた。

頑張る。期待に応える。それさえ続けれていれば

蒸し暑さが日を追うごとに険しさを増していく、6月上旬。
ようやく梅雨入りをした日本列島で、私の溜息は深くなるばかりだった。

変わったようで変わらない日々が続いていた。
行き当たりばったりで、本人のモチベーション頼み。その場しのぎの体質は、繰り返し同じ過ちを生む。それがどれだけ脆く危ういことか、一向に学習しない組織にいい加減辟易していた。
会社とはそういうものなのだろうか?それとも、私が異常なのだろうか?

いつも、半分、壊れていた。求められる役割や期待に反して、私の実感は全然異なる場所にあったりした。
本当はそうじゃない、こうなんだと否定したところで、訂正したところで、そんなのお構いなしに事は進んでいく。例外は認めてもらえない。逸脱は許されない。

私は、彼らが考えている程には遠く及ばない、あまりにやわな人間だった。
おそらく全く、首尾一貫していないだろう。そんな矛盾をとうてい理解できないのだろう。
でも、相容れない自己は、たしかにいつも存在していた。

働くということは、自己疎外を重ねることなのかもしれない。そう言い聞かせて、耐えることが増えていった。
頑張る。期待に応える。それさえ続けれていれば貫徹。場が収まる。
問題を起こさなければ、全ては丸く収まる。
私はやせ我慢を続ける。

自分の仕事が途端に意味のない、実態のないものに思えた

いつだって抱えきれていないのに、要請は過剰になる一方だった。
あれはどうなった?これはいつまでに?
もう何度目だろう。そう思う自分を差し置いて、相手は相変わらず鈍感かつ強引だった。
はやくはやくって言わないで。
関係性の構築が、あまりに一方的で、こちらがどれだけ疲弊しているかも気づかずに、回転する速度は否応なく、増していく。

だましだましやってきたものが、限界を超えてしまったのは、夏のせいだったのか?
容赦ない太陽が姿を現し、けたたましく蝉が鳴き始めたとき、私の肉体も弛緩していった。毛穴や細胞までもがカッと開いて、同時にため込んでいた鬱憤が一斉にあふれ出していった。

魔が差したわけじゃない(と思いたい)。

自分の仕事が途端に意味のない、実態のないものに思えた。気持ちは冷めているのに、やらなければいけないタスクが山積しているのを見ると、余計に仕事が色を失い、むなしく白々しく感じてしまった。
来る日も来る日も目の前のことに身が入らず、ただ椅子に座ってPCを見つめている日々が続いた。

私は会社を辞めるしかなかった。

わたしたちは働いているのか、それとも働かされているのか

いつかの予感は正しかった。
端緒はすでに出揃っていて、あとは発端を待つだけのように、必然だったのかもしれない。
まるでそのときを待ちわびていたかのように、一度転がり始めた石は、その衝撃を動力にして、ころころと、あっというまに転がり落ちていった。

退職は、じつにあっさりとしたものだった。集団に同調できない者の居場所はない。
弁解求める声も虚しく、それはもう速やかに退場させられた。

こんなにもあっけない終わり方があるものか。
私は、否応なく転がっていく石の、その行方を見つめることしかできなかった。

生活を犠牲にしてまで時間と労力を捧げ、忠誠を誓う労働とは何か?
上からの絶え間ない要求に従い、過剰に適合することは、ほとんど自己喪失に近い。
憂鬱な月曜日、長い朝礼、埒のあかない会議、客先での謝罪。
目的合理的に、近視眼的に動くことができない者が、失格なのか?
私たちは働いているのか、それとも働かされているのか、そもそもそんなことは、考える必要のない、無駄な逡巡なのだろうか?

梅雨明けが告げられた、初夏の金曜日。
わずか一年半にも満たない会社を辞職した私は、はじめて、自らレールを降りた。
空には、茜色の夏の夕暮れが広がっていた。
あてどない、けれど清々しく美しい、流れに逆らえない道行に、しばらくはこの身を預けてみようか。黄昏のひととき、そう思った。