新たなウイルスの流行によって私たちの生活様式が変わってしまってから、もう1年半が過ぎた。
多くの人が様々なものを奪われたことだろう。
私もその一人だ。

未知のウイルスは生活を変え、お客様の旅行予約98%が取り消しに

私は旅行関係の仕事をしていた。
新しめの企業ではあったが、業績も安定しており支社も社員も順調に増えていた。
2020年、昨年以上に好調なスタートを切ることができ、このままいけば今年の夏は社員旅行でハワイだー!と社内誰もが浮き足立っていた。
2月、クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号が横浜港に帰港。
どうやら乗客の中にあのウイルスの感染者がいるらしいと、報道が流れた。
中国で新たなウイルスが発生したというニュースは聞いていたが、まさか日本には入ってこないだろうと私はたかを括っていた。
恐らくこの時点では多くの人がそう思っていたと思う。
しかし、このクルーズ船を機に世間の流れが変わり、次第に私たちの生活に変化が見られるようになった。

政府から不要不急の外出は控えるように、とお達しが出た。
テレビが一斉にそれを放送するのと同時に、お客様から回線がパンクするほどの電話が鳴り響くようになる。
結局その1週間で、予約の98%が取り消しとなった。
正直なところで言えば、未知のウイルスが発生し、感染力も死亡率も分からない中旅行なんかしている場合ではない。そんな状態でお客様も添乗員も危険に晒すわけにはいかない。
今はとりあえず様子を見るしかない。
ただ……事実上仕事が全くなくなってしまった今、私たちはどうなるのだろうか。
社員の中には、家族がいる上司やシングルマザーの先輩もいる。
誰もが不安を抱き、後処理をこなすしかなかった。

上司に暗い顔で告げられた解散。どうやら私たちは解雇されるらしい

瞬く間に感染は広がり、都市部のみならず地方にも感染者が発生。
旅行スケジュールは相変わらず真っ白。
出社してもやることがない。
そしてとうとう、その日がきた。
会議室に集められた私たち。いつもは威勢がいい上司が何やら暗い顔で入ってくる。
「……解散……することになりました。」
……はて?解散とは?
誰も何も言わないおかしな間があり、どよめきが広がった。そして、どうやら私たちは解雇されるらしいと、やっとこの時理解した。
同時に私は、この場合って解散で合ってるの?とぼんやり考えていた。

もちろん初めての解雇なので、どんなものなのかと思ったが、とりあえず1ケ月猶予はあるらしい。
だが、やることはないので明後日から出社しなくて良いとのことだった。
翌日皆の顔を順に眺めながら、セクハラ発言がうざかった先輩も、わがままなお局も、もう会うことはないと思うとやはり寂しいもんだなあと感傷に浸った。
今日と明日が地続きであるということが、どうにも信じられない気分だ。
私は結婚していたのですぐ生活に影響はなかったが、一人暮らしだったらどうだろう。
一人暮らしで実家を頼れない後輩は、東京に住む彼氏の元に身を寄せた。
あんまり上手くいっていないと聞いていたが、今は彼しか頼れないという。
仕事を失うということは、生活の基盤がなくなるということだと改めて実感した。

この空白の時間で、手探りでもやりたい事に挑戦し次の道を模索したい

突如現れた空白の時間。
ひたすら自分と向き合う日々。私はこの時間をどう使えばいいのだろう。
今までは、誰かと共に誰かのために何かをしてきた。こうなった今、自分という存在がいかにおぼろげで、誰かと関わり合うことで存在していたのだな、と痛感した。
初めての専業主婦のかたわら、次の道を模索し始めた私は、せっかくなんだから片っ端からやりたい事をやってみようと思った。
例えば、この場にエッセイを投稿することもその1つだ。
今までだったらきっとそんなこと思わなかっただろう。
手探りでいいからやってみる、それを繰り返せば自分の輪郭が見えてくるのではないか。
いつか、この混乱の時期が必要だったと思えるのではないか。
そして今は、資格をとるために勉強中である。

歩みは止められてしまった。
だが、自分の意思ではままならないことばかりのこの世界で、また一歩踏み出す力が私にある限り歩みは止まらないはずだ。
再び歩き出したこの道はどこに繋がるのだろう?
いつか笑えるように、今日も出来ることを少しずつ積み重ねるのみだ。