2020年の3月上旬、私は、韓国行きを予定していた。韓国人の友人に会いに。
彼女とは、5年ほど前、大学生だった頃に出会った。彼女は留学生だった。
彼女は、その時日本で出会ったベルギー人の男性と結婚し、2年ほど前からベルギーに住んでいる。そんな彼女が韓国に帰って来る事になり、その日程に合わせて、私も韓国に遊びに行く事にしたのだ。

友達と韓国で再会できるはずだった3日前に、渡航できないことに…

2020年に入ってから、その韓国渡航を楽しみに仕事に励んだ。彼女とは、半年前に一緒にヨーロッパ旅行をしたのが最後。次は、一緒にどこに行こうか、何を食べようか、どんな話をしようか、仕事中に集中力が切れると、そんな事ばかり考えた。

期待に胸が高まる一方で、新型コロナウイルスの感染状況は、日に日に悪くなっていった。
彼女は既に2月から韓国に来ていたので、「楽しみだね、いよいよだね」と、コロナウイルスの状況はあくまで見ないようにして、LINEのやり取りを続けた。

家では、母親が心配した。丁度、韓国の大邱市において、クラスターが発生した頃だった。
「今回の韓国旅行は、やめといた方がいいんじゃない?」
去年の3月は、まだこんな世の中になるとは思ってもいなかった時であり、あくまでも私は楽観的だった。
「今回行くのは大邱じゃないから大丈夫」
ベルギーに住む彼女が、もう隣の国まで来ているというのに、会わないなんてありえない。

韓国へ渡航する3日前、事態が急変した。日本政府が韓国から日本への渡航を制限したことを合図に、韓国政府は日本からのVISAなしの観光渡航を禁止した。
そして、それと呼応して翌日、韓国行きの飛行機は、東京・関空発の一部を除き、運休に入った。

政治的背景から、近くて遠い国と表される韓国は、今やただの遠い国になった。

航空運賃が返金されても拭えない残念さ。そんなとき一通のLINEが

誰のせいでもないとは言え、航空運賃が全額返金されても、残念な気持ちは拭えなかった。
仕事に対するモチベーションは下がり、退屈な日々が再開した。

それから1週間程度たった頃、仕事終わりの飲み会中に、友人からLINEが来ていた。LINEをくれたのは、今回会おうとした友人とは別の、今も日本に住んでいる韓国人の友人だった。
「明日、友達何人かで飲み会するけど、来ない?」

初対面の人と会う飲み会は苦手だった。飲み会が2日連続続く事も、疲れが溜まるだけなので、あまり好きではなかった。だけど、その日は、指先が勝手に動いていた。
「いいよ!行く!」
いつもより少し、酔いが回るのが早い夜だった。

翌日の仕事終わり、指定された居酒屋へ向かった。誘ってくれた友人の他に、韓国人が2人と、日本人が2人、その場に居合わせた。緊張していたほどストレスはなく、終始楽しく、和やかに時が進んでいった。

出会った彼と海にでも行く約束を。遠くなった韓国がまた近い国に

帰り際、珍しくまだまだ遊んでいたいテンションになり、私を誘ってくれた友人と、出会った韓国人の男性と共に、更に遊んだ。その男性が車を持っていたので、夜景の綺麗な山に、夜のドライブをした。

その山には、小学生の頃、何度か遠足で行った事があったけれど、夜景が綺麗だとは知らなかった。その男性はこの地域に来たばかりだと言っていたのに、よくこんな所知っているな~と感心していると、よくよく話を聞けば、彼の家は、私の家から徒歩20分弱の場所にあった。自分の地元に、新しい誰かがいるというワクワク感は、私が今一番欲しい種類の刺激だった。

思う存分遊んで満足し家に帰ると、久々に遊び疲れて、すぐにベッドに入った。

翌朝、どうしても仕事の事で気になる事が出てきて、会社携帯を確認しようとしたが、携帯が見つからなかった。私用携帯はあるけれど、会社携帯がどこにもない。
「あ、きっと、彼の車の中に忘れたんだ」
驚いた。几帳面な方ではないが、貴重品を紛失するような失態は、いくらお酒が入っても、冒したことなどなかった。

昨日聞いたばかりのLINEの連絡先から、彼との空白のトーク画面を開き、携帯を忘れた旨を伝える。取りに行かなくてはならない。万が一、緊急の連絡が入った時などに、会社携帯が手元にない事はまずい。そうでなくても、確認しておきたい事もある。
幾つかのやり取りの末、彼が、私が住む家の近くのコンビニまで携帯を持って来てくれる事になった。ついでに、私がこれから予定のある場所まで、バイクで送ってくれることに。
今度は、バイクに乗って海にでも行こうと約束した。

私にとっての韓国が、再び近い国になった。