あの頃の私たちは、友達以上恋人未満の関係だった。
彼とはインターネットで知り合い、一緒にカラオケやドライブに行ったりした。県外のライブにも行った。付き合ってはいなかったけれど、身体の関係は持っていた。私はたぶん、少しだけ彼のことが好きだったんだと思う。

付き合っていない私たちが花火大会に行くことは、少し特別に思えた

でも彼はどちらかというと大人しい人で、考えていることも良く分からなかったから、告白する勇気なんて私にはなかった。居心地は良かったし気楽だったから、変に想いを伝えて気まずくなるのが怖かった。
7月も終わりが近付いてきた頃、カラオケで私は言った。
「8月の最初の土曜日、花火大会があるみたいなんだけど、一緒に行かない?」
まるで女友達を遊びに誘うように、すごく自然な感じで誘ってみた。
「良いよ。空けておくよ」
デンモクで歌う曲を探しながら、彼はすんなりと承諾してくれた。
……良かった。断られるかと思ってた。そう思った。何だか私の中で、夏祭りや花火大会は恋人と行くイメージだったから、付き合っていない私たちが一緒に行けることは、少し特別なように思えた。
そして花火大会の日が来た。浴衣で行こうかと思ったが、やめた。やはり私たちは恋人ではないという想いがあったからだ。

ねえ、私のことどう思ってる?聞きたいのに聞けないもどかしい気持ち

彼に車で迎えに来てもらい、会場近くのパーキングに停めることにしたが、付近は混雑していてなかなか進まない。しかし穏やかな彼は、イライラすることもなく、「人、多いなあ」なんて言っていた。私もせっかちな方ではないから、そういう空気感も一緒にいて安心できた。
何とか停めるところを見付け、花火大会の会場まで歩いた。恋人らしき男女や、友達同士、家族連れたちが皆楽しそうに歩いている。浴衣を着ている人も多かった。こうやって隣に並んで歩いている時、恋人なら手をつないだりするのかな、なんて思った。
彼はどう思っているんだろう。聞きたいのに聞けない。たわいもない話をしながら、もどかしい気持ちでいた。
そして会場に着き、色々な屋台を見て回った。普段は食べないようなものでも、こういう特別な日は見ているだけでお腹が空いてくる。牛くしやかき氷などを手に持ちながら、花火がきれいに見えそうな場所を探し歩いた。じんわりと汗をかいていた。
花火は感動するほどきれいだった。色鮮やかに映し出される模様たちは、私の心をわくわくさせてくれた。隣で見ていた彼も、スマホをかざしながら楽しそうにしていた。
……ねえ、私のことどう思ってる?
言葉にならない想いを、胸の中に抱いた。しかしそれを口に出すことはできなかった。

祭りの喧騒がまるで嘘のように静かな帰り道、虚無感に包まれた

やっぱりこの関係を、今のこの瞬間を壊したくない。
花火が上がる度、周りからわっと歓声が起こった。今気持ちを伝えても、きっとこの声たちにかき消されてしまうだろう。そう思った私は、感情を無理やり胸にしまい込んだ。
やがて花火は終わり、皆ぞろぞろと帰っていく。
「きれいだったね。帰ろうか」
そう言って彼も立ち上がり、私もそれに続いた。パーキングまでの帰り道は、何とも言えない虚無感に包まれていた。さっきまでの祭りの喧騒が、まるで嘘のように静かだ。何だかやりきれない感じだった。
帰りにファミレスで軽く食事をした。色々な話をした。帰宅した頃には、日付が変わっていた。結局最後まで想いを伝えることはできなかった。
それから何度か遊んだりしたが、次第に会うことも少なくなり、連絡も取らなくなった。私は別の人と付き合い、結婚した。
今はとても幸せだが、ふと、あの頃のことを思い出すことがある。淡くて儚い思い出。あの人は今、どうしているのだろうか。