出会いは相席屋だった。コロナも一旦終息しつつあった年末頃、先輩に感染対策を十分にして来店するという約束で入店した。
新型コロナウイルスが流行している今でも来店している人はいるんだと正直感じながら、飲み始めた。先輩は「あんまりいい人もいないし、感染するのも怖いから早く帰ろう」と言っていた。
マスク越しに優しく微笑む彼と、みんなにばれないようにLINE交換
最後にセッティングされた男性2人組と乾杯する。お互いマスクをつけた状態で会話していた。わたしは早く帰りたそうな先輩を横目に、帰る身支度を少しずつ始めていた。
スーツを着た彼はすごく話も面白く、ムードメーカー的な存在だった。先輩とみんなが楽しそうに会話していて、あんなに帰りたそうだった先輩もその彼と盛り上がっていた。
先輩が薄々好意があるのは感じていた。みんながタッチパネルでお酒を注文している途中、ふと彼が私に微笑んだ。その瞬間マスクをしていても「なんてこんなに優しく微笑みかけるの?帰りたくない。連絡先だけでゲットできればたくさんお話できるのに……」と思いながら帰ろうとした瞬間、その彼がさっとみんなに見えないような角度でLINEのQRコードをわたしに向けていた。
いちばん会話していないわたしとなぜ、と思いながらも動揺していたら、追い討ちをかけるように「んっ?はやく」とわたしの携帯を指差していた。
その場では登録だけ済ませ、スタンプだけ送った。先輩には言えず、家に帰って彼にお礼だけ伝えたが、その夜は返信がなかった。
コロナじゃなかったらよかったのに。手を繋ぐことも簡単にできない
次の日の朝返信があり、最初はお互いのことを知らず質問ばかりの会話ではあったが、電話もするような関係になった。
ある日、「ってか、早く会って2人で話したいんだけど」と言われた。とても嬉しい反面、ご時世的にあまり飲み会をするのは控えたほうがいいと思い、少し時期を見て飲みに行く約束をした。
ちょうどその頃、緊急事態宣言がニュースになっており、彼はわたしの職業上そのことを理解してくれた。やりとりを始めて2週間がたちやっと緊急事態宣言が終わった後、個室になっているお店でお食事をした。
彼がマスクを外した時、表情はあのまんまであったが、あの時は暗かったからわからなかった、あご髭と綺麗な歯が印象的だった。
「あのときは暗かったから髭はえてるの知らなかった!すごく似合ってる」と褒めると、あの同じ笑顔で微笑んできた。
この人とずっと一緒にいたいと思ったが、感染のことも考え早めに解散をした。彼は解散した後すぐに電話をしてきた。
「ほんとはもっと一緒にいたかったけど、コロナじゃなかったらよかったのに。手を繋ぐのもためらったわ」とそう言った。手を繋ごうとしてくれてたことに嬉しかった反面、普通に今まではしていたスキンシップも簡単にはできないと感じた。
その後、何度か食事を重ねるにつれ、お互い好意を寄せるようになった。彼の好意も感じつつも、彼は「付き合って」の5文字を言ってくれない。
「大切にしたいからこそ、今は付き合えない」。彼の優しさを痛感した
年が明け、この関係に痺れをきらし、本人に聞いた。彼はコロナウイルスの打撃を受け今の仕事を辞め、3ヶ月後に転職するとのことだった。
「大切にしたいからこそ、今は付き合えない。お金も今後どうなるかわからないし、同じようにご飯に行くこともできなくなると思う」と彼が言った言葉に、その時は「大丈夫。2人で頑張れば」と思っていたけど、告げられた言葉にショックが大きく、何も言えなかった。
冷静になって考えたら、最大限の優しさだったんだと痛感し、コロナをすごく恨んだ。
なんでこんなにもみんなを苦しめるの。すぐに会えない、スキンシップですらためらわないといけない。そう思いながら夜な夜な泣いた。
彼は今までのように遊ぼうと言ってくれてはいたが、わたしの心はまだ好きだったため、その一件があってからは、好きな気持ちが収まるまでは会わないと決めていた。連絡もマメだったわたしが少しずつ仕事も忙しくなり、1日2通程度になった。
いつしかパッタリと連絡は途絶え、この関係は終わった。
あの時期に相手を思いやって会う時間を決めたり、マスクで見えない表情が見えた時の安心感も、今までにない経験になった。社会人になってこんなに相手を好きになり、会えない時間が長いからこそ日常の中でも相手のことを考えていた自分が可愛く思う。日常的にはわからなかったことも、コロナ禍を通してそんな大切なことを学んだ。
コロナがおさまったら、また同じように心が侵食されるような恋がしたいと思った。