特集:エッセイを書いたあと

忌まわしかった私の個性。「書く」ことで唯一無二の武器になった

エッセイを書いたあと

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幼いころから私は「多数派」に属していなかった。もっとも古い記憶は幼稚園の頃だ。みんながこぞって選ぶ可愛らしいピンクのカバンよりも、紫色のカバンのほうが綺麗だと思った。けれども、みんなと違う色のカバンを買いたがると、大人はこぞって、「みんなと同じじゃないと変だよ」といって捻じ伏せた。

そんな「普通」へのに染まれなさは、大人になってからも常に私と共生している。小学生になり、恋愛を扱う漫画にみんなが胸をときめかせる傍らで、私はケーブルテレビで見た「キン肉マン」にハマっていたし、嵐やHey! Say! JUMP、男性アイドルのファンクラブに入るクラスメイトが増える中で、私が初めて好きになった芸能人は氷川きよしで、お年寄りに交じって新宿コマ劇場にコンサートにも行った。
思春期はみんながオシャレに精を出し、やれスカートを短くとめるゴム製のベルトや、淡い色のリップグロスに胸をときめかせる一方、私は空き教室で授業をサボり、空の写真を撮ったり、短歌を考えているのが楽しみだった。

社会人になってから「個性的」は明らかな短所を表す言葉になった

年相応に。そして女の子らしく。その基準を満たさない私をよく思わない人は苦い顔で「変な子」といい、当たり障りのない人は額に汗を浮かべながら「個性的だね」と称した。変な子、には頭が来て多少のパンチはお見舞いしたが、個性的と言われることは嫌ではなかった。むしろ誇らしかった。
年相応かつ女の子らしい……量産型の女の子たちとは一線を画した、自分が特別な存在のような気がしたからだ。「個性的」は私の心の表紙に大切に太めのマーカーで書き留める大切な言葉となった。

けれども社会人になってからは、個性的は長所ではなく明らかな短所を表す言葉で、個性はコブのように目立った。年相応に女子らしく化粧をしてストッキングを履き、お茶をくんで、にっこり微笑む。セクハラまがいの文句にも笑って受け流す。
それが嫌で従わないと異物として扱われてしまう。「忍足ちゃんって変だよ」、「そんなんじゃ結婚とかできないよ」。人と違うことをネタにされて同僚や職場の先輩らの前でいじられるのが嫌になり、個性はすっかりコンプレックスと化した。

このままだと私は「普通じゃない」と後ろ指をさされ続けてしまう

みんなと同じにしなくちゃ、普通の同い年の子は何が好きで、何が嫌いで、どんなことを想うの?必死になって自分を年相応で女の子らしい人にインストールしようとした。何が個性的だ……と心に記したその三文字を何度も消そうとした。けれども不死鳥の如く私の個性は甦る。
だめだ。年相応に恋や婚活に胸をときめかせられないし、女性らしく化粧やおしゃれを生きがいにできない。婚活をするくらいならばプロレスラーの追っかけをしたい。化粧に割く時間よりも朝は寝てたい。

私は人と違う。多数派の色には染まれない。誰かに、多数派に合わせて自分に嘘をつくのも嫌だ。年相応に自分を殺してでも笑えない。女性らしさを求められたくない、けれども男性になりたいわけではない。
普通とは違う、多数派ではない、私が生まれ持った個性というのはあまりにも大きすぎて持て余してしまっている。このままだと生きている間ずっと私は「変だ」「おかしい」「普通じゃない」と後ろ指をさされ続けるだろう。

「書く」行為においては「個性」は唯一無二の武器になる

じゃあ、どうしたらよいのか。行きついたのが「書く」ということであった。いわゆる文豪に当たる人は大体変わった人が多い。奥さんと子供がいるのに、愛人と心中してしまったり、親友に奥さんを譲り渡したり……大方普通に会社勤めをしていたら即クビになっているし、世間的にも抹殺されているような人の記念館が作られ、命日には多くの人が墓に花を供え、そしてなにより没後何年もその名前や作品が忘れ去られることなく残っているのは、なにより「書いた」人だからだ。

スーツを着てヒールを履いて満員電車に揺られる人生においては、「個性」は明らかなコブだ、それも悪性のコブ。けれども「書く」行為においては、その「個性」は唯一無二の武器になる。ありふれた人が書くものはありきたりで、ちょっとつまらない。けれども少し人とは異なる人間が書くと、スパイスが効いてて面白い。

「個性があってよかった。エッセイのネタに困らないもん」と笑える

学生の頃に趣味で小説を書いていたけれど、シフトチェンジ。エッセイを書き始めるようになった。
題材は些細なこと。「私はsnsやいいねに振り回されるのに疲れてスマホを止めてガラケーを使っている。世間はそんな私を変人扱いするけれど、使いたいものを使って何がいけないの?」とか、「高校生の頃は化粧が校則で禁止なのに、大人になったら化粧してないとだらしない女のレッテルを貼られる!男は化粧をしなくてもいいのに!」とか、そんなこと。

胸の中でもやもやしているものを摘出し、形にした。するともやもやがあった心に隙間が出来てスーッと風が通った。それが心地よく、私は「書く」ことに魅せられた。忌まわしかった、多数派の人とは違う感情や着眼点……それが今では原動力になっている。
本名の私は普通と違うこと、にジレンマを感じてうつむいているけれど「忍足みかん」というちょっと不思議なペンネームを名乗る私はニイッと歯を見せて笑って、「個性があってよかった。エッセイのネタに困らないもん」と、お気に入りの無印良品のノートにエッセイのネタを書き溜めながら言うのだ。

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