女性がバッサリと髪を短く切る時、何かしら理由や心理があるんじゃないかと他人からイメージされるという話は昔から有名な話だ。現に私は髪を短くするたびに、周囲の人に何度も言われたことがある。
「どうしたの?何かあったの?」「気分転換?」……そんなようなことを、一度でもロングから短くしたことのある人は言われた経験があるのではないだろうか?私にとってロングまで伸ばすことも、髪をバッサリ切ることも、そんなに深い意味のないことだった。
もちろん、理由があって大切にキープし続けてきたロングヘアをバッサリ切る人がいるのも知っている。例えば失恋を理由に短くすることを選ぶ人がいるというのは、よくある話だろう。
知人にもそういう経験をした人がいたけれど、私はそういう経験をしたことがなかったからか、話を聞いてもどこか遠いことのように思っていた。だからまさか自分がそっち側になるなんて思いもしなかったのだ。
私はあの夜、人生で二度目のショートカットにした。失恋して悲しみに暮れた毎日から脱却して、もう一度、立ち上がるために。

鬱のような状態を変えたくて、まずは髪を短くすることから始めよう

当時の私は失恋からのショックで鬱のような状態になっていた。重い体を引きずるように外出し、家に帰るとぼんやりとして何もしないまま時間が過ぎていく。
このままではダメだとわかっていた。引きずっているだけでは前に進めない。
そんなある日、私は鏡に映る自分の姿を見て呆然とした。
目にはアイメイクをしたのかと思えるほどの深い隈、やつれた顔、枝毛ばかりのばさばさの髪。見るに耐えないほど酷い状態だったのは言うまでもない。体重は約2ヶ月で5キロほど落ちていた。
その時、鬱のような状態になってからの私には、鏡を見る精神的な余裕すらなかったことに気づいた。それから決めた。すぐに変えられるものから……とりあえず髪を短くすることから始めようと。
次の日の夜に美容院へ行くことに決めてからは、ネットでひたすらなりたい髪型に近い写真を探した。
とりあえず今の気分的には思い切り短くしたい。けれど、短すぎると似合うかどうかわからない。なんせ、ショートにした事は今までで一回しかなかったのだ。それも初めてだった事もあり躊躇してしまって、ショートというよりはショートボブで止めてしまった。
今度こそショートにしたい。選んでいる間、あの鬱々とした気持ちがどこかへ行っていたことには後から気づいた。今思えばきっとあの時の私に必要だったのは、気分転換だったんだと思う。

美容師さんが躊躇なくハサミを通すと、髪がばさばさと滑り落ちていく

美容院へ行く時間はあっという間にやってきた。順番待ちの椅子に座って数枚に絞った後に選んだ1枚の写真を眺めながら、緊張やらわくわくした気持ちやらで頭がいっぱいになっていた。
迷いに迷って選んだ写真は前髪が目にかかる長さだけど、サイドが耳たぶにかかるくらいで襟足が短めのショート。一度目のショートよりも全然短いそのヘアスタイルへの希望や不安も頂上に達しようとしたその時、私の順番がやってきた。
席に通されて希望の髪型を聞かれて、写真を見せる。
「ずいぶん思い切るんですね」
女性の美容師さんと話をしながら鏡を見ると、おろした髪は胸下まで伸びていた。いつのまにかこんなに長く伸びていたんだなと自分でも驚いた。
「はい。短くしたくなっちゃって」
ケープに袖を通すと、美容師さんは躊躇なくハサミを通した。シャキシャキと音がするたびに、ケープの上を切り落とされた髪がばさばさと滑り落ちていく。
美容師さんが手を止めた時、胸下まであった髪はすでに肩のあたりで切り揃えられていた。前回切ったのはたしか二年近く前だ。伸びるまでは時間がかかるのに、短くなるのは一瞬だなと鏡をまじまじと眺めて思った。
「これだけでも印象がかなり変わりますね。では短くしていきますね」
美容師さんはブロッキングを進め、襟足から切り始めた。首元にハサミが当たって、金属のひんやりとした感触が伝わってくる。

鏡の中の自分がどんどん別人になっていく。まるで生まれ変わるように

シャキシャキ、パチン。ハサミが閉じられる音と共に首元から髪の感触がなくなる。真後ろは見えないからどうなっているのかわからないけれど、かなり高いところで切った事だけがわかる。美容師さんがハサミを動かすたびにばらばらとおびただしい量の髪が落ちていく。
私は鏡を通して、その様子をただ黙ってじっと見ていた。鏡の中の自分がどんどん別人になっていく。そう、私は今夜、昨日までの私とは違う私になるのだ。自分でも知らない私になる。それはまるで別の自分へと生まれ変わるような気持ちだった。
今まで髪を短くする事の意味なんて考えた事なかったけれど、なんかあった後に髪をばっさりと切りたくなるという心理は、もしかしたら切る前の自分を振り切って、前に一歩進むためなのかもしれない。
「いかがですか」
美容師さんに促されて、後ろ髪を写す二面鏡を見る。切り終えたあとの髪は自分でも驚くほど短くなっていた。髪に触れてみると、手ですくとすぐに指の隙間からこぼれ落ちてしまうし、襟足はつまめるほどしかない。
「これで大丈夫です。ありがとうございます」
ケープを外してもらい、美容師さんから受け取った着てきたコートに袖を通す。来た時に肩にたっぷりとかかっていた髪はもう見る影もない。

流れる曲の歌詞と自分が重なり、ぼろっと涙がこぼれた

お会計を済ませて店の外へ出る。11月の夜の北風は首元を遠慮なく冷やす。寒さから、なんか暖かいものでも買おうと入った店で、優里の『ドライフラワー』が流れていた。
この曲自体は聴いたことがあった。でも、この曲の歌詞を聞いた途端にぼろっと涙がこぼれた。
そうだ。私はあの人との日々を幸せだったと思うし、あの人の事を嫌いになったわけじゃない。でも、毎日のように貴方と離れてから枕を濡らすのは疲れてしまったんだ。だから離れる事を選んだんだ。
歌詞はあまりにも今の自分と重なって腑に落ちた。改めて離れた事を実感して、悲しくなった。でも私はもう迷うわけにはいかない。私は一歩踏み出すための決意をしたのだから。
今、私が一歩前に進めているのはきっとあの夜があったから。