私は小さい頃から、何事もそつなくこなす器用な子だった。運動会では選抜リレーの常連だったし、普通に授業を受けているだけで成績は中の上だった。でも、小さな挫折を味わったことがある。
勉強が苦手な子と数学の答え合わせ。間違えていたのは私の方だった
それは中学1年生の数学の授業でのことだった。その日は正負の数という単元で、プラスとマイナスが混じった計算だった。
先生が黒板で解き方を説明した後、練習問題のプリントが配られた。いつものようにサラッと解き終えると、後ろの席のしおりちゃんが「自信ないから答え合わせしない?」と話しかけてきた。しおりちゃんは勉強が苦手だったので、勉強が得意な私が教えてあげる、というのがいつものパターンだった。
しおりちゃんと答え合わせをしたところ、2人の答えは一問も一致しなかった。おかしいと思い、周りの子たちに確認してみると皆、しおりちゃんの答えと同じだった。
私だけ出来ていない。頭が真っ白になった。ちゃんと授業を聞いていたのに、何かを間違って理解しているようだった。
その後すぐ、先生の解説があったが、動揺していたからなのか、ますます分からなくなった。そんな私を置いてきぼりにするように、授業は当たり前のように続いた。先生は「この基本的な計算ができなければ、この先の単元でもつまずくことになるので頑張りましょう」と言った。私は頭を抱え、教室がざわつくことをかすかに期待した。
私だけ世界に取り残された気がした時間。帰宅後すぐに勉強を開始
しかし、教室の雰囲気はいつも通りで、誰1人として焦っているような人はいなかった。難しいと感じているのは、どうやら私だけのようだ。同じ教室にいるはずなのに、私だけ違う世界に取り残されたように感じた。みんながうらやましいとも思った。そして、何事もなかったかのように授業は終わった。
休み時間になり、友達に教えてもらおうかと思ったが、そんな簡単な事が分からないのかと思われるのは恥ずかしかったし、何より私のプライドが許さなかった。
その日はまっすぐ家に帰った。私は塾に通っていなかったので、相談できる人は母しかいなかった。
お風呂に入り、掻き込むように夕飯を済ませた後、すぐに数学の勉強を始めた。母は熱心に教えてくれたけど私はなかなか理解することができなかった。
しかし、時間は容赦なく過ぎていった。ふと時計を見た時には日付が変わっていた。12時を回るまで起きていたのは、その日が人生で初めてだった。
それでも母は色々な角度で説明してくれるが、やはりよく分からない。そして、焦る私に追い打ちをかけるように、涙がこぼれてきた。涙は拭いても拭いても溢れ、私の視界を邪魔した。
努力することは意外と楽しいと思えた夜のおかげで勉強が好きになった
それから数十分後、ようやく理解することができた。先の見えない、出口があるのかさえもわからない真っ暗なトンネルを歩いていて突然、外の明かりが差したようだった。
不安が一気にふっ飛んだと同時に、安堵の気持ちが押し寄せた。努力することは意外と楽しい、ということに気づいた。
翌朝。目は腫れていたが私の心は晴れていた。
今だからこそちっぽけな挫折だったと言えるが、当時子供だった私にとっては大きな挫折だった。勉強が好きになり、高校では成績が学年1位、希望していた薬学部に入学することができたのは、あの夜があったからなのかもしれない。