「浮気はやっぱ悪いよ」と、缶チューハイを口に付けながら友達は言った。
「やっぱり良くないよねえ」と、私も言う。
屋台で買ったたこ焼きを一つ頬張る。弾丸で地元に帰った私は、友達とお祭りに来ていた。
やっぱり地元の祭りは夏に限る。夏の祭りもそうだけど、海とか山とかジメジメした地元の暑さが私を都会の喧騒から呼び寄せた。

地元に帰った最大の理由。「あの人」との曖昧な関係に決着をつける

私は田舎の夏が好きだ。何とも言えない自由さがあるし、海沿いのやたら大きい回転寿司とかスーパー、しまむらを見ると心の底から安心する。
お祭りが開催される日に帰ってきたのだって、大して仲がよかったわけではない友達が屋台の呼び込みをしてる姿を見るためだったり、コンビニの前でたむろする高校生が見たかったり、祭りだからと外で飲み干された缶を軽く蹴るためだったりする。

「てか、あの人と会わないの?」
友達はそう言いながら二つ目の缶を開けていた。

そう、私が地元に帰ってきた最大の理由、曖昧な関係に決着をつけるため。
「うん、さっきラインきた」と携帯の画面をタップして、返信がないか確認する。

時間はようやく20時を回ったところだった。東京に出ても一度憧れてしまった人を忘れることは私には難しかった。彼氏は数人いたけれど上手くいかず、相手に飽きては次の人を探す恋愛だった。
それもこれも「あの人」のせいかもしれないのだ。だから今日、お祭りの煩さと開放的な夏の力を借りて会いに行く。これで最後だと決めて。

いつもの何とも言えない雰囲気。久しぶりの、ヌメった空気

ホーム画面が光るとラインが来ていた。

「お、仕事片付いたんじゃない?やっぱり終わるの遅いねえ。夏は忙しいって言ってたしなあ」と言う友達の顔は既に赤くなっていて、水色のキャミソールが映える。そんな友達に瓶ビールとたこ焼きを残して別れを告げた。

「じゃあまた後でね。アイス買っとくから」とふやけた顔をしながら手を振っている。どうやら彼女も仕事仲間と会うらしいので、ちょうどよかった。
祭りに行く人とは反対に駅に向かって海沿いを歩いていくと、微かに波の音が聞こえる。気のせいか潮の匂いも強くなる。

駅に着くと、ロータリーにはタクシーに紛れて、彼の車が停まっていた。高校卒業と同時に免許を取って、貯めたお金で買ったらしい。私の方が年下だけど、頑張って働いていた十代の彼を想像すると口元が緩む。

車の横まで行くと、開いた窓から「やっほ、いつぶり?」と軽い挨拶が飛んできた。私はドアに手をかけ、「ゴールデンウィークぶりです」と返す。
「髪の毛少し伸びたね。まだまだショートだけど」
なかなか我慢できず伸びるとすぐ切ってしまう私の髪の毛を、「相変わらず似合うねえ」と、よく褒めてくれた。

車が走り出すと懐かしい風景にまた安心する。「いやあ、まさかまさか、もう二十歳だもんな」と、居酒屋の駐車場に入りながら楽しそうに言う。
「お酒の良さはまだわかりませんけどね」
我ながら無愛想に返してしまった。少し混んでいるお店に入り、向かい合って席に着くと3ヶ月ぶりにちゃんと顔を見ることができた。いかにも運動部な彼の顔は、日焼けをして黒くなっていた。

「今日は車あるし俺はお酒飲めないけど、なんか飲む?」
私だけ飲むのもなんか嫌だし、お酒を飲むと全部どうでも良くなってしまうから断った。
お酒を飲まないのに居酒屋に来たのは私の好物、塩昆布キャベツとねぎまを覚えていたのだろうか。誘惑に負けどっちも頼んだけれど、屋台のたこ焼きを食べたからか、あんまりお腹に入らなかった。
彼も空腹に耐えられず、勢いよく食べたせいか顔が苦しそうだ。お店を出て車に戻る。

さて、ここからがいつもの何とも言えない雰囲気。久しぶりのヌメった空気に首筋には汗がつたう。
「家まで送るよ。それかウチで缶開ける?」といつも通り彼は言う。
この二択を出されて私は毎回後者を選んできた。それを思い出すと余計に汗ばむのを感じる。今回もこんな乙女ゲーみたいなテンプレ文を聞いて、②番を選びそうになる私は本当に意志薄弱野郎だ。

「えっと、今日は友達が家来てるらしいんで帰ります」
これは嘘じゃない。さっき別れた友達が潰れず無事でいれば、私の家に泊まる予定なのだ。アイスの約束もしたし。
「そうなんだ!楽しそう。まあ、また今度おいでよ」
「また今度」というこの言葉に何度ほだされたか。そして、何度この曖昧な約束にしがみついたか。

でも今日は違う。汗は止まらないし、夏の暑苦しさにぐったりするけど、はっきり言えた。
「あの、もう今度はない気がします」
「もうすぐ仕事も落ち着くし、時間できると思うから」
「いや、私、もうしばらくこっち帰ってこないです」

そういえば、返信がこない時はこうやって忙しさのせいにされていたなと不意に思い出した。全部全部「また今度」、そこに明確なものはない。
「そっか、それは寂しいなあ」と言う。彼が本心からそう思っているのが胃もたれするほど伝わる。

バニラの甘さとアイスコーヒーの苦さが、私を大人にさせる気がした

家の近くまで送ってもらいお礼をすると、「じゃあまた連絡して」と一言さらり。
まだ彼は私が会いに来ると思っている。それでいい。それを知っているだけで気分がいい。

「……また今度ですね」と私にも染み付いたその言葉を口にする。
「じゃ、おやすみ」

彼の車は走り出し、私はすぐ家に入らずそれを見守る。夏の夜は空気が止まっている感じがして暑苦しいのにやっぱり心地いい。車のライトが小さくなって、どこからか焼きそばの匂いがしていた。

家に入ると扇風機の前で、帰る口実にされた友達が空き缶みたいに寝転がっていた。
冷凍庫を開け、アイスが補充されているのを見た瞬間、急にお腹が空いた。居酒屋で食べたものも彼とのいやらしい雰囲気も消化された気がした。

「おつかれ。お互い無事でなにより~」
「どこが無事なんだか」とアイスを頬張る。

今夜また関係を曖昧にして一緒に果てるよりも、バニラの甘さとアイスコーヒーの苦さの方が私を大人にさせる気がした。