「花火ってさ、打ち上げより線香花火って感じだよね」
「わかる、この歳になると盛り上がるよりしっぽりしてぇわ」
20歳そこそこで大人ぶった帰り道、同じゼミのタクトとはよく気があった。
その日もセミが鳴く帰路で「夏だね」なんて一言から、夏祭りの屋台は何派とか、花火は打ち上げより線香花火がいいとか、そんな話題で盛り上がった。
「ねぇ今度、大学近くの公園で花火しない?」
「いいね、ちょっとお酒とか買ってさ」
「いい、いい!」
じゃあ他にも誘おうか、という言葉が出ないことに少しの期待が胸を高ぶらせた。
最寄りについて、花火、花火、と唱えながら、街の形相なんてそっちのけで家に直帰し、冷えた烏龍茶をグイッと流し込んだ。
いつも過ごしている日常の延長ではない「約束」という二文字に、手帳を書く手が少し熱くなっているのがわかった。
男女が待ち合わせて、公園で線香花火。それは、夏の魔法というドラマ
初めて話したのは、ゼミの新年会の幹事を任されたときだった。
くじ引きで私たち2人が選ばれて「50人もいるゼミで当てちゃうとか、逆に不運を使い果たした感あるね」なんて笑った。大人数で入れる安い居酒屋を探したり、LINEスケジュールで参加を呼びかけたり、支払いの催促をしたり、ドタキャンの対応にあたふたしたり。
ゼミの課題よりもはるかに大変な作業に「地獄」「わかる」と言いながら、気づけば飲み会が終わってもよく一緒にゼミ室でしゃべるようになっていた。
いつもより丁寧にマスカラを塗って、片手サイズのバッグを肩にかけた。
外に出ると、空はまだオレンジと青が混ざった明るい色をしていて、いつもと違う夜の始まりに鼓動が早まった。
いけるかもしれない。何がいけるかは曖昧にしておきたいけど、それでも私たちはいける気がした。
男と女が待ち合わせをして、夜の公園で線香花火をする。それは、夏の魔法とも言えるドラマだった。私たちはそのドラマの主人公として、今日、大学前の公園を舞台とするのだ。
早足で背中を追う。夜風がタクトの香りを乗せて私まで届いてくる
「ごめん、待った?」
小走りで手を振るタクトの額には、汗が滲んでいた。
「ううん、いま来たところ」
コンビニの自動ドアが空いて、びゅんっと冷たい風が吹く。線香花火とビール、チューハイを何本かカゴに入れて早足でタクトの背中を追った。夜風が、タクトの香りを乗せて私まで届いてきた。
「じゃあ、かんぱい」
「かんぱい」
カタン、と缶があたる音がした。
「何に対してだろ」
「何だろ、夏に?」
そう言って笑うタクトは、公園の灯りに照らされてまつ毛が綺麗に影を作っていた。
線香花火の袋をべべッと開けて、タクトが8本の夢を手ににぎる。
「8本だから、2人で4回だね」
「意外と少ないね」
そう、意外と少ないと思った。この夜という約束は、線香花火4本分。その間に私たちは夢を叶えなければいけなかった。この公園で、灯りに照らされながら、ここを舞台に踊らなければいけなかった。
練習ね、と言って2人の手元から2本ずつの線香花火が消えた。
あと半分、あと半分で私の夏が終わってしまうのだ。
「負けたら何か暴露しよう」。タクトはこの夜に乗り気のように見えた
「何か、賭けてみる」
そう聞くと、缶ビールを片手にタクトの視線が私に向いた。
「いいね、負けた方が何か暴露しようよ」
タクトはこの夜に乗り気のように見えた。
シャッとライターに火を灯して、せーので線香花火に光を灯した。オレンジの玉がゆらゆらと揺れて、2つの火花がパチパチと音をたてる。
「あ」
「あ」
風が吹いたのと同時に2つの火花がアスファルトへと消えた。手元には光をなくした紐が垂れていて、2つ同時に風になびいていたのが滑稽だった。
風のいたずらだ、私たちに残されたのは1回の勝負だけだった。
少なくなった缶ビールを一気に飲みほして、首に汗が伝ったのがわかった。
「最後」
「うん」
線香花火の光に照らされるタクトを見た。スッと伸びる鼻筋に少し吊り目がちの目が、オレンジに照らされていた。
「あ、俺負けだ」
少し暗くなったと思ったら、タクトの線香花火は光を失っていた。胸の奥がドクッと鳴った。背中に汗が一筋通ったのが分かった。
勝ちでも負けでも怖かった。この舞台は、2人で作っていくものだから。
そのあとすぐに、私の光もおちて、タクトの顔が見づらいほど暗くなった。
タクトが息を吸わずに、それでいてたどたどしく、吐いた言葉は
「うわ~~何か暴露することあるかな」
「なになに」
私は平静を装って、ふふっと笑って見せる。風がまたザァッと吹いて、2人の髪がなびいた。
「あ」
そう言って私のほうに顔を向けたタクトの顔は、見えづらいけれど少し恥ずかしそうに下に傾いていた。
「これからも、友達でいてほしい」
「えっ」
「いや……俺、女友達とかあんまいなくて……ずっとほしかったんだよね。こういう存在。だから、友達でいてほしい」
タクトは息を吸わずに、それでいてたどたどしく、言葉を吐いた。約束が終わって、夢を見るという夢が解けた瞬間だった。私たちは永遠に舞台に立てないということを、むしろこの地上が私たちの舞台であるということを、タクトの言葉が物語っていた。
「もちろんだよ」
口角を引き上げてタクトを見るだけでいっぱいだった。
夢は叶わなくても、せめて私たちの物語が終わらないように。私は精一杯目尻にシワを作った。私たちはこのままでいるという答えを、私は首を縦に振って受入れた。
役目を負えた線香花火だった紐が、風に吹かれてとんだ。