これまで誰にも話してこなかったひとつの恋がある。大学生最後の夏に、区切りをつけようと思う。
小学生の夏。同じクラスだったRと私は、毎日の掃除の15分間を使い、とあるゲームを続けていた。Rが持ちかけてきた「俺の好きな女子を当ててみて」という、何とも小学生らしい可愛いクイズ遊びであった。当時密かにRが好きだった私は冗談半分でOKし、1日にひとつだけ答えてもらえる質問から結論を導き出すことに全力を注いでいた。掃除なんてどうでもよかった。

「国語の勉強はできるのに鈍感かよ」。密かに好きだった彼のクイズ

1日目。「同じクラス?」「うん」。選択肢が少し絞れた。
2日目。「名前の頭文字は?」「そんなの言ったらめっちゃ絞れちゃうだろ」。質問ひとつ分を無駄にしてしまった。
3日目。「その子って可愛い?」「好きなんだから可愛いに決まってんじゃん」。胸がチクリと痛んだ。質問ひとつ分を無駄にして、自ら傷ついた。あの時の下手くそな誤魔化し笑いはRにバレていただろうか。
そのゲームがどのくらい続いたか忘れてしまったけど、いつか私は気づいた。全ての質問の答えにピッタリ該当する子がいなかったのだ。彼が大好きだったから、真剣に考えて、必死にライバルを探していたのに。ばかにされているのかと思った私は彼を問い詰めた。
「何か嘘ついてるよね?当てはまる女子、どこにもいないんだけど」と聞くと、いつも元気に校庭を走り回っているRにしては小さな声で、「国語の勉強はできるのに鈍感かよ」と返された。

いくじなしな彼と、鈍感な私。私たちに「また」は来なかった

タイムスリップができるなら、この瞬間の私の腕を掴んで教えてやりたい。大人になった今だから分かる、きっと彼は私を好きでいてくれた。小学生なりの駆け引きで私本人にゲームを持ちかけ、クイズを解かせるふりをして必死に気づいてもらおうとしていたのだと。
だけど過去の私は彼の言う通り、国語の勉強はできたがどうしようもなく鈍感だった。自分を真っ先に選択肢から省いていた。「何それ、意味分かんない」。私はクイズを投げだした。
「じゃあまた気が向いたら、ね」。悪戯っぽく笑った彼は、どうしようもなくいくじなしだった。いくじなしと鈍感の気持ちが交わることはなく、彼は転校し、私の心に小さな傷を残していった。
せめてここで終わっていれば、この思い出は綺麗なままだったのかもしれないと思う。私たちに「また」は、来なかった。中学生の夏。Rが転校した数年後に私の耳に飛び込んできたのは、知らない町で彼が亡くなったという知らせだった。
その瞬間と前後の記憶は曖昧である。確かお通夜の案内が配られたけど、私は頭が真っ白になって手が震えていた。まだクイズの答え、聞いてない。掃除の時間に流れていたチャイムの音と、紛れもない事実だけが脳内を巡っていた。いつかまた、成人式とか同窓会とか、どこかのタイミングで会えると思っていた。

彼はきっと、私のことを好きなままこの世を去っていったんだ

人気者の彼だったから、お通夜には私以外の友達ほとんどが出席していたと思う。私は行かなかった。行ったら自分がどうなるか分からなくて、怖くて、行けなかった。お通夜に出席した友達から、さらなる事実を聞かされた。
「Rのお母さんが言ってたよ。Rね、転校してもずっと咲音のこと話してて、変わらず好きだったんだって」。どうしようもなく後悔した。思い出すと今でも涙が出てくる。
彼の姿を見なければ、見送らなければ、ずっと私の中で綺麗な思い出のまま生きてくれている気がした。鈍感で弱虫な私は彼の死の事実から逃げた。「変わらず好きだった」ということは、クイズの答えは私だったんだ。あの時も今も。Rはきっと、私のことを好きなままこの世から去っていったんだ。
タイムスリップができるなら、私の腕を掴んで無理矢理にでもお通夜の会場へ引っ張って行ってやりたい。大人になった今だから分かる、曖昧に逃げたままの別れは、胸に一生ものの傷を残すのである。向き合って、彼の顔を見て、きちんとサヨナラをして、自分なりの整理とクイズの区切りをあの時つけなければいけなかったのだと。
結局、最後までR本人の口から私への気持ちを聞くことはできなかった。彼は本当に私のことが好きだったのか?いつから?最後の1日まで?どれももう分からない。質問しても答えてくれない。
これは私に残された永遠の問いである。この先もし誰かと出会ったり幸せになったりする事があっても、私の心からRが完全にいなくなることはないのだろう。

大好きだったよ。次に会えたらクイズの答え合わせをしよう

Rへ。想ってくれていてありがとう。最後に会ってあげられなくてごめん。私はずっと後悔しています。今年の夏、初めて君が夢に出てきました。何年経ったと思ってるの?どれだけ思い出しても来てくれなかったくせに。夢の中の君はあの頃の姿のまま、体育館でゲームをしていました。私はもうゲームとクイズはこりごりです。
あのクイズのこと、今まで誰にも話した事はありません。一生をかけて悔やみ続ける覚悟を持って生きてきました。でも、何かの区切りだ、そう言われているような気がした私は、エッセイという形で君の事を書きました。記憶がぐしゃぐしゃなパーツがあるのと、細部は私と君だけのものにしたかったから、少しだけ曖昧な所はあるけど、良い文章だと思わない?君の言った通り、国語の勉強は今でも得意だよ。
深夜に言葉を吐き出しながら涙が止まらなかったけど、ずっと抱えていた事実と気持ちを初めて表現する事ができて、ちょっと楽になったよ。会いに来てくれたとしたら、向き合うきっかけをくれたんだとしたら、ありがとう。幸せになってからそっちに行くって約束するから、まだ私のこと好きなまま待ってて。
遅くなるかもしれないけど、次に会えたらクイズの答え合わせをしよう。今度はちゃんと、鈍感な私でも分かるように伝えてね。大好きだったよ。またいつか。