あれは、弾けるような中高生時代、合気道に熱中していた頃の青春。

夏の合宿での集中稽古。道場の畳は汗で嫌なぬめりを帯びてくる

灼熱の太陽、抜けるような青空。
瑞々しく輝いている田んぼの稲穂を横目に、私たちは屋内でひたすら汗を流す。
夏の合宿での、集中稽古。
真夏の太陽を尻目に、サウナのように蒸し暑い道場内で声を上げ、稽古に励む。
冷房もない、扇風機もない。あるのは小窓のみ。
いくら小窓を開け放したところで、道場が涼しくなるものではない。 

2Lの水筒にいれた、キンキンに冷やしたはずのポカリスエットの氷はとっくに溶け、生あたたかいぼんやりした薄味へと変わり果ててしまっている。
道着は分厚く、風通しが悪い。流れる汗が道着に染み込んでいき、重さと暑さが増していく。
皆の汗なのか、湿度によるものなのか、次第に畳の表面がじんわりと嫌なぬめりを帯びてくる。
集中力は切れ、身体は機械的に動いているのみで、視界に映るのは小窓越しの入道雲。
漸く長すぎた稽古が終わり、正面の上座に一礼するが、頭の中はこの後に控えたバーベキューや花火でいっぱいだ。

秋に待ち構えるは昇級・昇段審査。親しみやすい師範の人格も変わる

夏の合宿を無事に乗り切り、目の前に立ちはだかるは、今までの稽古の成果を問われる昇級/昇段審査。
普段は快活で親しみやすい師範も、審査の時は人格が一変し、容赦なく厳しい指導が入り、躊躇なく不合格が宣告される。

ここへ来て、何故合宿でもっと真面目に稽古しなかったのかと後悔するが、時既に遅し。
今出来ることは、自分の実力を発揮すること、焦らず精神統一すること。
程よい緊張感を持ちながら、道着に乱れがないか再度確認。
呼吸を整えながら、正面の上座と師範に向かって、綺麗に一礼。
師範の要求通り、淡々と演武していく。

演武を終え、再度一礼した時に師範の顔色を伺うもその表情は全く読めず、演武の最中はすっかり忘れていた緊張感が蘇ってくる。
全員の演武を終え、いよいよ審査結果の発表。
道着の内側、背中を嫌な汗が流れ落ちる。
無事、合格。
長年の目標だった、黒帯を頂いた。
白色の道着の中央に映える、凛々しい黒色。今までの努力の証だ。

冬は凍てつくような道場の畳の上で黙想。頑張って雑念を払った

冬の道場は寒い。もちろん、暖房なんてない。
道着の下に長袖Tシャツとレギンスをこっそり仕込むけれど、裸足の指先を通じて身体の芯まで冷えきってしまう。
分厚いはずの道着なのに、夏はあんなに蒸しているのに、と恨めしく思う。
凍てつくような道場で畳に正座し、稽古前にまずは黙想。

頭の中は「寒い」で埋め尽くされているけれど、それでは黙想の意味がない。
頑張って雑念を払い、心も頭も空っぽにし、今から始まる稽古に集中する。
今日も、実りある良い稽古ができますように。
そして、正面の上座に向かって、綺麗に一礼。
精神統一を終えいざ稽古を始めても、体幹は温まる一方でやっぱり足先は冷えたまま。
早く春が来ないかな、と小窓越しに灰色の空を見つめてみる。

年に一度の大きな晴れ舞台がある春。日本武道館での演武大会

桜が舞う暖かい春の訪れは、年に一度の大きな晴れ舞台が迫り来ていることを意味する。
日本武道館で行われる、全国規模の演武大会。
人気アイドルやアーティストしか立つことができない日本武道館の舞台の真ん中に、私達も立つことが出来るのだ。
大きく開放的な日本武道館。憧れの場所ではあるが、その大きさ故の課題を、私達は知らなかった。

客席の上から見たら、私達は豆粒程度の大きさにしか見えない。
もちろんマイクも使わないから、声も聞こえにくい。
こんな過酷な環境で、大きくエネルギーに満ち溢れたパフォーマンスを見せてくれるアイドルやアーティスト達の偉大さを、こんな所で実感することになるだなんて。
私達はアイドルやアーティスト達に敵わないかも知れないが、それでも力強い演武をお届けできるように、声を張り、堂々と大きく演武をするのみだ。

改めて道着を整え、御守り代わりとなった黒帯をキリリと締め上げ、畳へ上がる。
大太鼓の音で一礼をし、演武開始。大太鼓の音で演武終了、一礼で畳を後にする。
その間、僅か二分足らず。一瞬のような、はたまた永遠のような。達成感のような、はたまた焦燥感のような。
交錯した思いを抱えながら、来年も日本武道館の桜の下で演武することを楽しみに、私達は会場を後にする。

四季を共に過ごし、度重なる洗濯で最後はややヨレヨレとなった道着。
チャンピオンベルトのように輝く、自分を奮い立たせてくれる黒帯。
青春時代の思い出を、今でも大切に保管してある。