「一体どうやってそこに辿り着いたのか」
憧れていた彼女の背中は当時、遥か遠くに感じていた。

スポーツナースとして初めての現場。無限に広がる憧れを抱いた

「スポーツの現場で必要とされる看護師になりたい」
そう思い始めたのは看護師国家試験に合格し、晴れて総合病院に就職をした1年目の夏ごろだった。不意に「看護師 スポーツ」とwebで検索してヒットしたのが、宮崎大学が発足させた、「健康スポーツナース」という資格。
私は「これだ」と思い、1年で2回、伊丹から宮崎まで講習会に通い、試験に合格して資格を掴んだのだ。

しかし、健康スポーツナースの知名度は全国的に低く、資格を取得してからどう活動していくかは自分次第。確固たる道筋がない分、路頭に迷ってしまい資格更新をせず、その資格を手放す人も多いのだ。
私は学会に参加し、必死に人脈を作って、当時はなんのスポーツでもいいから携わりたい、と無我夢中に探した。

そこで出会ったのが、彼女だった。
健康スポーツナースの先駆者で、スポーツイベントや地域に密着したスポーツ大会など幅広く活動していた彼女は、人柄の良さとコミュニケーション力で学会を取りまとめるほど中心的な存在だった。

「マラソン大会の救護のスタッフ募集中です」
健康スポーツナースのLINEグループに流れたメッセージ。私は即座に飛びついたのだ。
そして初めて経験した、マラソン大会の救護現場。
病院と違って、医師がいない、ベッドもない、限られた救護物品のなかで、救護所に来るランナーに応急処置をする。
ラミネートにマジックで患者情報を書き、捻挫や、足つり、熱中症など、様々な症状のランナーを迅速に対処していく。その光景はまるでドラマで見る救急外来の中のように見え、野外で行われている医療とは思えないほど的確で効率的だった。
競技後はイベント会社の運営スタッフと、振り返りを行い、最後は笑顔で帰ってゆく。
「どのようにしてこの救護処置を習得したのか。こんな人脈をどこで掴んだのか。彼女の人を寄せ付ける力はすごいな」
無限に広がる憧れを彼女に抱いた瞬間だった。
同時に、初めての救護現場に圧倒され、彼女のように豊富な経験を積んで、この道を極めたいと強く思った。

温かく、強い達成感を味わわせてくれる彼女の言葉

それから2ヶ月後、彼女のお誘いで京都のハーフマラソンの現場を共にした。私はメディカルランナーとして出場し、彼女はメイン会場で救護に当たっていた。
会場に到着すると、京都の自治体の方と親しそうに楽しくお話ししている。彼女はどこにいても笑顔で気さくに凛として馴染み、そこに引き寄せられるかのように周りに人が集まってくる。
ハーフマラソンがスタートし、トラックを走り始めた時、彼女の笑顔と元気な声援が届いた。
「この経験が今後の活動を広げてくれたらいいな」
私は根性を見せつけるかのようにこの21.0975kmに思いを込めて走った。
実際、長距離を走ることは好きで、走りながら、ランナーさんに声かけをしたり、足がつった人に対応したり、逆に沿道の声援に心が温かくなったり。その道のりにはたくさんのドラマがあったのだ。

そしてゴールを迎えたときに、「お疲れ様!よくがんばったね、すごいよ、おかえり」と満面の笑みをした彼女が迎え入れてくれたのだ。
それは、このハーフマラソンのしんどさを忘れてしまうかのように、温かく、強い達成感を味わわせてくれる言葉掛けだった。
「私もこうやって笑顔でランナーさんを迎え入れるスポーツナースでありたい」
ランナーとして彼女の魅力を肌で感じたからこそ見えた、憧れの姿だった。

彼女の背中を追いかけた先に見つけた、自分の目標

ありがたいことにそれから、彼女とは定期的に連絡を取るようになった。働き方への相談に乗ってくれたり、スポーツナースの仕事の共有をしてくれたりと、私にとって面倒見のいいお姉さんのような存在になった。

一度、彼女の代理で大学生の水泳の救護に行かせてもらったことがある。彼女には予定があって参加できなかったからだ。
「最近、忙しいみたいやねー」と彼女が来ない寂しさを口にする大学の先生もおられた。本当に顔が広い方だ。
私が代行なのが申し訳なくなるくらい、彼女はどのスポーツ現場でも愛される存在だった。

決して、プロのアスリートに関わるわけではない、全国規模の大きな大会に出向するわけでもない。
スポーツナースとして彼女が築いた地位は、スポーツを日常として楽しむ人たちにそっと寄り添い、自らも救護対応やそこで出会う人たちとの時間を大切にする、親しみやすい地域に密着したスポーツナースだった。

それから1年後の、2021年夏。日本中が東京オリンピックに沸く中、私は合宿帯同看護師として、兵庫県のスポーツスクールの小学生たちとともに、熱い夏を過ごした。
様々なスポーツの現場でお仕事をさせていただく中で出会ったコーチの方の推薦によって、私はスポーツスクールの専属看護師になったのだ。
これからスポーツを知っていく子供達に寄り添い、運動を楽しむための道筋を示して、運動競技の可能性を広げられる存在になりたい。
彼女の背中を追いかけた先に、自分が極めたいスポーツナースとしての目標が見つかった。

資格を取ったけどその道筋が分からなく、思い悩んでは落ち込んでいた日々を、彼女との出会いによって大きく変わることができたのだ。看護師がスポーツの現場で活躍できる社会を。
遠く感じていた彼女の背中はいつしか同じ信念で身近なものへと感じるようになった。
「スポーツを日常として楽しむ人のために」
憧れていた彼女が示してくれた道筋。私はこれから、その揺るぎない軸を持って走り続けるだろう。