あの夜があったから、それまで思いもしなかった世界に気付いた。
当時、私は妊娠10週の妊婦だった。つわりに苦しみながらも、新しい命との出会いを心待ちにする、ごく普通の妊婦である。

食べづわりでうどんをかき込んだ夜。猛烈な吐き気と血便に襲われた

つわりには食べづわりというものがあり、あの夜もその症状に苦しめられていた。空腹になると気持ちが悪くなるというものだ。気持ちが悪い中、料理なぞ作る気も起こらないので、夫と二人で和食を提供するファミリーレストランへ行き、うどんをかき込んだ。

はー、お腹いっぱい!と機嫌良くなったとき、それはやってきた。
猛烈な吐き気である。まだ食べている途中の夫を急かして帰路につき、家に帰った瞬間トイレで吐いた。吐くだけでは足りなかった。下からも何かが主張しているのだ。

私は吐くためのゴミ箱を抱えて便座に座る。吐瀉物と同時に下からも大量の便が出る。
運動系のサークルで無茶な飲み会を散々経験した私でも、初めての経験だった。
こんな、上下同時多発ゲロ。双方向マーライオン。

最悪な気分なのに、はは、と乾いた笑いが浮かぶ。
問題はそこからだった。吐き気の波は鎮まったが、血便が止まらなくなったのだ。15分おきくらいにトイレに行きたくなり、血便を出す。
こんなことは初めてだ。
心配になった私は救急病院へかかることにした。救急車を呼ぶほどのこともないので、どこへ行けばいいのか電話で相談する。
このとき23時。まさか、私はこんなに大勢の人に自分の血便のことを説明するとは思いもしなかった。

病院に電話し来院することに。既に時間は23時を超えていた

消防の緊急でない番号へかけると、夜間救急病院を紹介してもらった。
夜間救急病院の受付と看護師と医師の方に相談し、妊婦なら大学病院の方が良いのでは、と大学病院を紹介される。

大学病院の受付と看護師の方から二次救急病院を紹介してもらい、そこでダメだったらうちで診ます、と言われる。
ここまでの間に私は
「29歳女で妊娠中10週の妊婦なんですけど、下痢をしてから血便が止まりません」という趣旨の話を毎回しているのである。もう行きたくなくなってくる。ただ誰も病院に来なくても大丈夫とは言わない。やはり心配なので、2次救急にかける。すると、そこの受付と看護師と医師の方から、
「ちょうど当直が消化器内科なので来院してください」
とのお言葉を賜る。

こんな夜に何人と話した?多くの人に支えられていると感じた日

申し訳ないが、はー、これでもう血便の話を知らない人にしなくてもいいんだ、と最初に思ってしまった。
夜間にも関わらず丁寧に診てくださり、激しい便の際に直腸が切れただけだと思う、そんなに心配はいらないとおっしゃっていただいた。また胎児にも影響はないだろうとのことで、心底ホッとした。

安心すると周りが見えてくる。私は今日、いったい何人の方と話をしただろうか。病院で会った医師の方も含めると、10人と話している。
そんなに大勢の方が当直で働いてくださっているのか、と私は思った。うちの近くの、私が話した方だけで10人。今、日本中に何人の方が当直を?
誠にご苦労様なことである。

コロナ禍で医療従事者の方は苦労されているだろうけれど、私のような血便垂れ流しの者にも診ていただける機関がある、というのは本当に恵まれている。
生きているだけで、多くの方に支えられているのだなぁ、とわかった一夜であった。