はじめて社会人になった日。ふらっとわたしの所に来て、あなたは言った。
「ねえ、名前。なんて言うの?」
自分のことを名乗りもせず、金髪の長髪、おまけに目つきも悪い。
入社したときはそんなことしか知らなかったわたしに、“人として大切なこと”を行動で見せてくれた9歳年上の上司について、ここに残そうと思う。
わたしの些細な変化を読み取って、気にかけてくれていた
上司は、今振り返ると人を見る力がすごくあった人だと思う。
ある日、わたしが思い詰めた顔で作業していると隣から声をかけられた。
「なんかあった?」
わたしは普段、嫌なことや辛いことを我慢してしまう部分がある。でもそのときは、上司の言葉に心のストッパーが解放されてしまった。
「あの……わたしって自分に甘いんでしょうか」
予想もしてない言葉だったのか、上司が目を見開いた。
「そんなことないと思うけど」
「応援先で言われたんです。自分に甘い、って」
真剣に思いつめていると、上司がくしゃっと笑った。
「ははっ、そんなこと気にしてたらこの先やってけないぞ」
わたしも合わせるように笑顔を作ると、上司は真剣な顔になり、
「…どちらかというと厳しい方だと思うけどね。あ、そうだ俺の上司がさ、前にミスして修正してもらったのにまた同じミスして、合計で3回同じミスしてたんだよ(笑)」
「え、○○さんが?」
「そうだよ、だからそれに比べたら柚希ちゃんましだって(笑)」
今仕事ができる○○さんも、過去にたくさん失敗してきたんだ。そっか。
気付けば、笑顔になっている自分に気づいた。同時に、笑顔にさせてくれるために自分の上司のことを話してくれたという優しさが嬉しくて、目頭が熱くなった。
わたしはばれないように目を伏せながらお礼を言うと、上司は優しい声で笑った。
そうやっていつも、わたしの心の変化や葛藤を些細な行動や表情から読み取って、気にかけてくれる人だった。
スパルタ教育を受けた日々も、全てが今のわたしにつながっている
自分が見限った人には怒ったり、注意したりはしないけれど、改善の余地があったり、伸びしろがある人には意見をしっかりくれる。誰にでも意見をする人ではない分、意見をくれることが認めてくれているように思えて、嬉しかった。
現にわたしは、かなりスパルタ教育を受けた。
「そこからそこまでの距離走ってたら〇秒早くなったよ」
「自分の仕事して満足、じゃないよ。もっと周り見て考えて行動しなきゃだめだよ」
「入社して3年で、それは恥ずべき失敗だよ」
たくさん厳しい言葉ももらったし、悔しい思いも、「こんなに頑張ってるのになんで!!」って、上司を責めて嫌いになった日もあった。
がむしゃらにもがいていた日々を今振り返ると、全てが今のわたしにつながっているんだって思える。
覚えたてで失敗ばかりするから、上の人に「やらせるな」と言われた時のこと。上司は上の人がいなくなってから、「俺が全部責任取るから、思う存分やって覚えてね」と、たくさん挑戦する機会を与えてくれた。
わたしがミスしたときは「僕の確認不足です、すみませんでした」って頭を下げて謝る。
そんな姿が、とても眩しかった。
自分の好きな自分でいること。それを教えてくれたのが上司だった
入社するまで、“上司”というのは、怒られれば全て部下のせいにしたり、結果しか見ない人という偏見があった。でも、わたしが人生ではじめて出会った柄の悪い上司は、誰よりもかっこよくて、わたしもいつかそうなりたい、後輩にそうしてあげたいと思わせてくれる人だった。
その大きな背中を追っているうちに、気づけばもう入社して5年が経過していた。
今は後輩もできて、後輩にはわたしがしてもらって嬉しかったことを全てしてあげたいと思い過ごしている。
「上司は選んでいいけど、後輩は選ばない」
たまたま美容院で読んでいた雑誌で、石原さとみが言っていた。
わたしは上司から仕事を通して、“人として大切なもの”を教わり、自分がついていきたいと思ってついていったからここまで人として成長できたんだと実感している。
仮にもし、上司が人として残念な人だったのなら、わたしは今頃どうしていたのかと想像すると怖くなる。
わたしは、今の職場に入社する前に、たくさんの人から「絶対営業向いてるよ!」と言われてきた。しかし、人と向き合うことなんてめんどくさいと当時は逃げて、ただ黙々と作業をこなせばいい工場を選んだ。
だけどその工場で「人と向き合うことは楽しい」と学び、わたしは転職を決意し、自分の力を試すために、来年から営業で働くことに決めた。
自分の好きな自分でいること。それを教えてくれたのも、紛れもなく上司のおかげだ。
転職して離れても、わたしはくじけそうになったり、悔しくてどうしようもないとき、きっとこの上司と仕事してた頃を思い出して、ふんばって、乗り越えていくだろう。
誰かにとって、わたしもそうでありたい。
上司は、上司でなくなってもずっと、わたしの人生で憧れの人だ。