50歳で免許を取得。負けず嫌いで努力家の祖母。

私が憧れている人はたくさんいる。
私達姉弟を養ってくれている父、いつも前向きな母、いつも明るい職場の同僚、美人なうえに性格も良い同級生、はっきりとした目標を持ち、それに向かって頑張っている友人……。
だが、私が一番憧れているのは、私の母方の祖母だ。

母方の祖母は負けず嫌いな努力家だ。これは母から聞いた話だが、祖母は初孫である従兄弟が生まれた時に運転免許をとったそうだ。
祖母は当時50歳くらい。周りの人は皆、「今更免許なんてとらなくていいんじゃないの。この家にはもう免許持ってる人3人いるし」と言ったらしい。

だが祖母は「私が運転する車に孫を乗せたいの。私がいろいろな所に連れて行ってあげたいの」と聞かず、結局免許をとった。祖母は従兄弟を車に乗せ、いろいろな所に連れて行ってあげたらしい。

義母の介護のため、ヘルパーの資格を取得。「無駄じゃなかった」

祖母の負けず嫌いの努力家については、エピソードがもう一つある。
免許の話から約10年。祖母は義母である曾祖母を家で介護していた。当時介護について何の知識もなかった祖母だが、ある日ヘルパー2級の資格の存在を知る。祖母は「私、ヘルパーの資格とるわ。ばあちゃんの介護に活かせるし」と言った。

また叔父達周りの人は難色を示したらしい。
「もう60近いし、今更とらなくていいと思うよ。その年でヘルパーの資格とるの、体力的にも難しいだろう。勉強だってたくさんしないといけないし。若い人ならともかく……」
その言葉が、負けず嫌いの祖母の心に火をつけた。
「60近くでも、ヘルパーの資格とれるって見せてやるわ。若い人には負けない」と。

それから祖母は数ヶ月の間、叔母に介護を手伝ってもらいながら必死に勉強した。病院に実習にも行ったらしい。そして見事、ヘルパーの資格を取得した。
それから祖母は資格を活かして曾祖母の介護をした。資格を取得したおかげでボディメカニクス等の事が分かり、介護が楽になったと言っていた。

ヘルパーの資格が役に立ったのは曾祖母の介護の時だけではないらしい。
5年程前、祖母が美容院に行った時の事。隣の席に座っていたお客さんが突然顔面蒼白になり気を失った。
美容師さんはどうすれば良いか分からず慌てていたが、祖母は落ち着いて救急車を呼ぶように言い、自分は救急車が来るまでその人を介抱していたそうだ。そのお客さんがその後どうなったかは分からないが、救急隊員の人からは感謝されたと話していた。
「資格を取るのも大変だけど、取れたからって安心しないで、それを活かす事が大事だなって思った。ああ、あの時は無駄じゃなかったって思うの」
祖母は笑いながら言う。祖母は現在86歳。今では自身が要介護1となり、週3回デイサービスに通い楽しく過ごしている。

祖母ほどの努力家にはなれない。でも「似てる」と言われたい

ここからは私の話になるが私は、最下位でなければそれでいいと思っている。負けず嫌いのまの字もない。
……もし私が50歳になって、その年まで免許を持っていなかったら。さあ、今から免許をとろう、と思うだろうか。
またもし私が60歳くらいになった時、ヘルパーの資格を持っていなかったら。さあ今からヘルパーの資格をとろう、若い人には負けないぞって思うだろうか。私は、そのように考えたりはしないと思う。

祖母と私、誕生日は1日しか違わないし、仲もいい。性格は似ている所もあるが、違う所はもっと多い。違う所が多いからこそ、憧れてしまう。
努力家で負けず嫌いな所以外でも、裁縫が上手な所とか、すごく美味しい卵焼きを作れる所とか、すぐに他の人と打ち解けられる所とか……。

幼い頃に父方の祖母を喪った私にとって、たった一人の祖母。私が一番憧れている人。
私は祖母ほどの努力家にはなれないと思うけど、少しでも、「そういう努力する所おばあちゃんに似てる」って言われるよう、頑張っていきたい。