27歳。それなりにいろんなことを経験してきたつもりだ。

人に騙されたことも、挫折した経験も、努力が必ずしも報われるわけじゃないことも、人生思い通りにならないことも、人を変えられないことも味わってきた。海外との遠距離恋愛だって経験したし、大好きな人との別れだって経験した。

人生一通りの痛みは味わってきた。そう、思っていた。そんな私は今、わりと人生どん底にいる。

結婚を考えていた彼が「私ではない別の人」と結婚してしまった

なぜなら、結婚を考えた唯一の人が別の人と結婚したからだ。「初めての彼氏との別れは辛い。でも、2~3人経験すれば、だんだん受ける傷が小さくなる」そう言われることが多いと思う。

実際、私も2人目の彼氏(元彼B)との別れはショックだったものの、初めての彼氏(元彼A)との別れよりかは絶望しなかった。元彼Aの時は就活もうまくいかなくて、「もう本当に人生終わった。絶望!」というような感じだったが、元彼Bの時は「しょうがない、私がやれることは全部やった!」と思えたし、人生絶望はしなかった。「私も成長したんだな」そう、思っていた。

彼が結婚して誰かのものになるなんて夢にも思わなかった。せっかく彼氏との別れに少し慣れたことろだったのに、元彼が結婚した経験なんて初めてだった。

オマケに、彼とやり直したいと思った矢先のできごとだったし、彼は結婚しない人だと思っていたから尚更ショックだった。別れなんて比にならない。こんな感情知らない!! 彼との未来はないと決まってしまった。

ただ、「自分ではダメだった」というシンプルな事実がどうしても受け入れられなかった。

どんなに苦しくて辛くても、私は「日常」に戻らなければならない

結婚のことを知ってから、私はもう本当にどん底だった。情緒不安定で、驚き→絶望→逃避→期待→絶望→疑問のようにさまざまな感情に襲われた。突然泣き出したり、かと思えば開き直ったり。

でも、結局、どんな感情の後でも、「彼の隣にいたのが、もしかしたら自分だったのかもしれない」そう考えたら、悔しくてどうしようもなかった。それでも、日々は過ぎていく。どんなに苦しくてもどんなに辛くても、嫌でも日常に戻らなければならない。そんな当たり前のことが苦痛に感じた。

もしかしたらこれは、今の私に残った唯一の希望なのかもしれない。日々が過ぎなければ、私はずっと同じ場所で同じ事を思い、悩み、苦しむ。ショックを受けたまま仕事をするのはしんどいし、ふとした瞬間に思い出して気持ちのままに泣くことも、叫ぶこともできないけど、周りが前に進んでいるから、時間が過ぎていくから、私も無理やり日常を過ごすふりをした。

「遅過ぎることなんてない」という言葉を信じていたのに、嘘だった

彼のいいところばかりに目がいってるのかもと思って、彼のよくないことろを挙げてみたが、何だかとても嫌な気持ちになった。自分が好きになった人の事を悪く言うのはどうしてもできなかった。余計、惨めな気持ちになった。この傷はまだ癒えてない。

「遅過ぎることなんてない」これは私の好きな映画の一節だ。その映画を観た時からこの言葉は私の中で生きていて、共感していたし、信じていた。

実際、私は今までの「人生で今の現状を変えてまでやり直したい」と思う後悔なんてなかった。だから、遅過ぎることなんてないと信じ切っていたし、「気づいたら、気づいたタイミングで訂正しに戻ればいい」と思っていた。

でも、「結婚」こればっかりは、私が今から戻って訂正したところでなくならない。初めて、「遅過ぎることがあるんだ」と知った。

何年経ってもいい。何年か後に「あの経験があったから」と言えるようになると信じて、少しずつ受け入れられるようにしていく選択肢以外私にはない。