人と、被らないのが良い。でも、浮くのは嫌。
いつからか、そんな考えが常に頭に浮かんでいるようになった。
持ち物や、アクセサリーも出来れば誰かとまったく一緒のもの、致し方なく、図らずも“お揃い”になってしまわないものが良い。そんな風に考えることが常だった。

「一点物」と「お似合いですよ」に弱い、私の偏ったセンスと願望

もちろん一応は流行りには敏感だし、中学・高校時代は「皆が持ってるから、欲しい」「皆でお揃いを持ちたい」と思っていた時分もある。けれど、その一方で大衆から外れたい、「浮く」というのとは別に。言うなれば少しばかり「突出」したいという願望があった。

しかし、日頃のファッションにおいては独創的なセンスは持ち合わせておらず、そもそものファッションセンスに自信が元々ないために、服を買う際にはたまに見る雑誌のコーディネート特集のスナップやショップのマネキンのコーディネートをそっくり真似したりする。けれど、出来れば「私にだけ似合う」服装がしたいと思っている。

そんな私は「一点物」と「お似合いですよ」の一言に弱い。一点物は、この世に二つとない、文字通りの一点しかないというのは心がとてもときめく。この世の誰ともお揃いにならない。なんて運命的な品物だろう、と思ってしまう。

そしてそれに心が強く惹かれているところへ社交辞令だろうが、本心だろうが、「とってもお似合いですよ」と言われてしまうともう、ますます運命に感じてしまう。
己のセンスでコーディネートをする自信はないくせに、「私しか持てないもの」を欲してしまう私には、この「運命」を感じさせるアプローチでクロージングをすると購入や決定が出来るようなのだ。

このような偏ったセンスと願望を抱いている私が思い出の一着を思い浮かべる時、脳裏にはある独特な柄と色合いの着物が浮かんでくる。

銀色のような淡い光沢のある地に、袖の下側だけは落ち着いた黒が差してあり、袖には「ラメ」とは言い難く、そしてその言葉は似合わない程に不思議な煌めきの糸で花があしらわれている。その花も、和服には珍しく薔薇の花で、それでいてとげとげしい印象ではなく、むしろ落ち着いた大人らしい格好良さがあった。さらにこの和服には珍しい薔薇と共に淡いピンク……きっと、敢えて桜色とでも呼ぶのが相応しいような色で同じく珍しい組合せで、レースのような模様も繊細にあしらわれている。

この着物は母の振袖である。母が成人する時に、母の祖母が買ってくれたというものだ。
初めてその着物を見た時はなんだかすこし地味に感じ、第一印象的には一直線に刺さってくる好みのものでなかった。しかし、この独特な柄の着物を運命的な品物だと感じることになるのだ。

我が母校の高校は、指定制服がなく、基本的には自由な服装で登校をしていた。それ故、当時は卒業時も制服での出席ではなく各々スーツか袴姿での出席が許可されていた。なんとなくな暗黙の了解で、任意ではあるものの大半の女子生徒は大学の卒業式のように袴姿で出席をしたがった。

私も、先述したような、ある部分では大衆から外れたいという願望を抱えているものの、袴を着たいという点に於いては大衆よりだった。
しかしここで、「でも、人とは違う雰囲気の袴が良い」というこだわりに於いては例の「突出」したい願望があった。

費用も嵩む袴姿での出席にあまり気が進まない母をなんとか説得して、高3の1学期の終わり頃に地元の商店街の呉服店へ袴を選びに行く予定を立てた。その日までに、「袴は辞めなさい」とは言わないが、気持ちばかり費用を浮かせるためにか、二十余年前の自身の振袖を出して来て「これを着るのはどうか」と案を出してくれたのだが、パッと見た印象では3年間憧れていた袴姿とはかけはなれていたのか、呉服屋さんで自分の好きなのを選ぶから、と頷くことはしなかった。

それならそうか、と母は無理強いすることはなく、けれど母はその着物をとても気にいっていたのだろうか、「袴を頼むのと一緒に、袖を直してこの歳でも着られるように仕立て直してもらうことにする」と言って、その着物を持って一緒に呉服店へ行った。

呉服店で卒業式袴を選びたい旨を告げ、母も例の振袖を留袖へと直せるかを依頼すると、女将さんが「とっても珍しくて、素敵な振袖じゃない。袖を切っちゃうの勿体ないし、娘さん、あなた似合うわよ。あなた、卒業式はこれを着ることにして、うちでは袴だけ選びなさいよ。普通だったら、商売上では振袖と袴とで選んでもらった方が高いのに、とんだ商売下手な売り方だけども」と言ったのだ。

私も母も驚いた。袖を直す仕立ての依頼もなしになる上に、レンタルは袴だけで安く済む方を勧めてくるのだから。

卒業式に母のお下がりの振袖を纏った。運命的な世界に一つだけの袴姿

あらゆる意味で困惑している私たち母娘をよそに、可愛らしくテンションの上がった女将さんはすっかり件の振袖を使用した袴姿のコーディネートを始めて、あれよあれよと私の為に、私にだけ似合うように袴を広げてあてがっていく。その間中「本当に商売下手だけど、本当にあなたはこれがとっても似合うわ」と繰り返しながら、自分のことのように嬉しそうに袴姿をプロデュースしてくれた。

そのうちに私自身も、どんどんと母の振袖に惹かれていくのが分かった。そうして、女将さん曰く「誰とも被らない!とっても魅力的な袴姿よ!」という、しっかりと私の願望に突き刺さるお墨付きをくださったおかげで、おそらく世界に一つだけの袴姿を無事に纏うことが出来た。

実際に卒業式当日、着付けの終わった同級生たちと落ち合った際に見渡すと、私の纏った着物と同じような色合いや柄の着物の持ち主はいなかった。そして、同級生たちにも「珍しい柄、けれどとても似合っている」と言ってもらえた。

それに、母からのお下がりというところにも、私の大好きな「運命」を感じられた。自分では似合うと思っていなかったものが似合うと導かれることにも、母娘二代で受け継ぐ形となったことにも。

件のこの振袖は、卒業式のあとも袖は仕立て直されることがないまま、我が家の着物箪笥に大事にしまわれている。成人式は別の振袖を着たが、いつの日か今度は振袖として纏う日が来たら良いなと、どこかで私は待っている。