成人式の振袖を探す。祖母の鶴の一声でミッションは始まった。まだ私が17歳の誕生日を迎える前だった。
ここで大多数の皆様の頭には疑問符が浮かぶことだろう。時間感覚がおかしいのである。私は早生まれだから、19歳と10ヶ月のタイミングで成人式を迎える。
本番まで3年間弱ある段階で服を選び始めるなど、狂気の沙汰である。赤ん坊が生まれた瞬間に七五三の衣装を買いに行く人がいるものかと突っ込みたい。だいたい成人式で着るにしても、私はレンタルで十分だと思っていた。

一度しか使わないのにという私の反論を、祖母は歯牙にもかけなかった

「20歳のお祝いやねんから、そこらへんのちゃちい着物でええわけがないやろ。一番気に入ったのん買うたるから」
私の反論を、祖母は歯牙にもかけなかった。
祖母と母は生粋の京都生まれだ。京の着倒れとはよく言ったもので、特に祖母は身につけるものに決して妥協しない。和服にも洋服にも詳しく、目が肥えている。
GUのスカートやユニクロのトップスを着て遊びに行くと、「うすい生地で寒ないんか」「肩に穴開いてるやん、つくろったげるから置いとき」などと言われた。負けじとこれはそういうシャツなの、と言い返す。
ちなみに京都人は家族以外の者には迂遠な言い回しを使うが、身内にはズバズバ遠慮なく言うという習性がある。かくいう私も京都人の家系なので、これは自己紹介と思っていただいて差し支えない。

高校生の私は熱烈なファーストリテイリング信者だった。ユニクロのカーディガンをこつこつ10色揃えてクロゼットに並べ、新素材のヒートテックが出たと聞けば速攻買う。
若気の至りとはこのことだ。スタバの新作を毎回飲む友人に感化されたのだろうが、新しければいいというものではない。完全におしゃれさのベクトルをはき違えていると言えよう。
ファストファッション最高、メイク用品はプチプラ。そんな高校生だったから、私は振袖選びに乗り気ではなかった。どうせ一回しか使わないのに。高価なものを買ってもらうということに、ひどく居心地の悪さを覚えていた。

月2、3回のペースで呉服店をはしご。だんだん面白く感じる振袖探し

月2、3回のペースで、午前の練習が終わったあと、制服にエナメルバッグのまま百貨店の振袖展示会に向かった。河原町や烏丸の呉服店をはしごすることもあった。
たいてい祖母と母が先に到着して、店員と熱心に話し込んでいた。
母の成人式はおろか、祖母の結婚式からお世話になっている店員もいると聞いて震え上がる。さすが古都、応仁の乱を「こないだの戦争」と呼ぶだけある。
振袖の選び方など見当もつかないので、とりあえず体に合わせてもらう。袖を通す。鏡を見る。その繰り返しだ。
不思議なもので、床の間に飾られているときは地味に思えるのに、体に当ててみると意外に似合う色がある。逆もまた然りだ。

あまりに多くの振袖を目にするので、何をどこで見たのかよく忘れてしまう。そこで、試着したものを写真に残し、名前をつけることにした。「高島屋の赤い牡丹のやつ」「ゑり善さんの深緑の波模様」と。ゑり善は京都の老舗だ。お約束のように私は「ルリゼン」と読み、祖母に笑われた。
特徴を捉えた名づけを行ううちに、振袖探しがだんだん面白く感じてきた。慣れてくると「千總さんの火星っぽい貝桶」「藤井大丸のぎらぎらしい御所車」などとし始めた。これ先週の火星と似てるね、と口走り、呉服屋さんを戸惑わせることもよくあった。

成人式の日、鏡に映る私は予想していたよりもずっときれい

ここで成人式当日に時間を飛ばす。
「はい、終わり。帯苦しくない?」と、着付け師のお姉さん。大丈夫ですと言いつつ、鏡をのぞいた。
青い振袖、金の帯。朱色の伊達えり。細かい地模様が光を反射して揺らめき、咲き乱れる赤い牡丹の横で、蝶の模様は生きているように鮮烈だ。振袖探しを始めて約2年半のタイミングで見つけた、私のお気に入り。祖母が買ってくれた晴れ着。
予想していたよりも、ずっときれいな私が鏡の中にいた。
賭けてもいい。これを馬鹿馬鹿しいナルシシズムだと笑う人は、本当に大好きな服を、着たことがない人だ。自分をいちばんよく見せるメイクに、出会ったことがない人だ。

「お母さん、どう?」
「ものすっごく、きれいよ」
私は背筋をまっすぐ伸ばした。
「おばあちゃんにも見せないとだから、写真撮って」
「はいはい、プリントアウトして見せようね」
母がスマートフォンを構える。
祖母は入院中だった。私に振袖を買い与え、帯を買い与え、その他の色々な小物を選んでくれたあとで、急に倒れて集中治療室へ運ばれた。
定期的にお見舞いに行くものの、意識があるときのほうが少ない。成人式が終わったら、晴れ着で病室へ寄ってお祝いありがとうと伝えたいが、今日は起きているだろうか。
「老眼だから大きく印刷しなきゃだね」
母は私を見つめて、何も言わずに頷いた。

あれから、節目のたびに青の振袖を使う。大学の卒業式。従姉妹の結婚式。職場の記念式典。親友の結婚式。着付け師のお姉さんにも何度お世話になったことか。
女三人でかしましく探し回り、買ってもらった振袖。帯を締めてもらうたびに、目を細めて笑う祖母の横顔を思い出すのだ。