1つの世界に同じものが2つ存在した場合、それはバグというのだろう。もしくは、一つは本物で、もう一つは模造品である。
私は彼女で、彼女は私。一生に一度、成人式の前撮りのでの出来事
いつもの朝、鏡の前で歯を磨いている私と同じ動作をする私、その一方で髪を器用にヘアアイロンで巻いているもう1人の私を交互に見る。
特別な力などは存在しない、記憶を共有することも、交信することもない。何を考えているかわからない、他人のうちの1人。そう思っているのはきっと私たちだけなのだろう。
私は彼女、彼女は私。飽きるくらい聞いたその言葉を心の中で唱えてみる。
成人式の前撮りの日、一生に一度の記録。
この機会を逃すと2度と訪れない特別な日。
私は白地に桜がデザインされた着物を選んだ。
彼女は、艶やかな黒色の着物を選んでいた。
各々の写真を撮り終えた後、前撮りを数枚、2人で撮ることになった。私はお気に入りの着物に心躍っていたが、彼女は少し曇った顔をしていた。
写真を撮り終えた後、彼女は言った。
「あなたが先に白の着物を選んだから。」
母に話を聞くと、学校が違うため、私が呉服屋を訪れた日が先だったらしい。後に彼女が行くと呉服屋には黒色の着物ばかりが並んでおり、その中から選んだそうだ。
たしかに、黒色の着物は彼女らしくないと思った。しかし、私が頼んだわけではないのだ。
理不尽な言葉と感じながらも、少し申し訳なさが残った。
成人式当日。体調を崩した私。彼女は変わりに友人と写真を撮ってくれた
成人式当日、張り切り過ぎたのだろう、私は体調を崩してしまい行けなくなってしまった。
晴れ着姿の同級生達と会えない悲しみや寂しさを感じながら床に伏していると、一枚の写真が送られてきた。
「残念だったね。体調は大丈夫?でもね、これ見て!一緒にいたみたい!」
そこには私の友人達と黒色の着物を着た彼女が並んで写っていた。
彼女にとっては知らない人達、そのせいか、ぎこちない作り笑顔を浮かべている。
私のことを気にかけ、せめてもの想い出として撮ってくれたのだろう。
しかし私には“あなたがいなくても代わりはいるのよ”と言われているような気がして、さっきとは違う寂しさが纏わりついた。
彼女は帰宅後、着替えながら呟いた。
「どうせ1人になるなら。」
その後の言葉は声が小さく、聞き取れなかったのだと思う。
成人式、私は床に伏せていた。しかし友人らの記憶には黒い着物を着て参加している私がしっかりと刻まれている。
彼女の卒業式は私にとってはただの平日。晴れやかな彼女を見て想う
季節は巡り彼女の卒業式、今年は桜が遅咲きだったおかげでちょうど満開の時期と合わさった。
彼女は小ぶりの花柄があしらわれた橙色の着物に緑色の袴を着ている。
私はというと、着物を着ていない。
それはそうだ。卒業式は別の日、私にとってはただの平日なのだ。
式場に向かう車中、ふと横にいる彼女を見る。
仕上げの口紅を塗っている最中だ。
赤く塗られたその唇は心なしかいつもより鮮やかに見えた。
外を見ると知らない人達が色とりどりの袴を着て、こちらに手を振っている。
彼女は車のドアを開け、そちらに向かって桜の花びらの上を駆けていく。その姿は曇りひとつない晴やかなものだった。