21歳の秋が始まろうとしていた頃、約半年ぶりの彼氏ができた。今まではどちらかというとチャラい風貌で人気者タイプの人が好きだったのに、なぜか彼に惹かれた。
私にとって4つ上の、はじめての社会人彼氏。友達も少なくて元カノもたった3人。ワンナイトなんて縁のない人。真面目で仕事ができて優しくてあったかい人で、タイプではなかったのになぜか惹かれた。
一度嗅いだら忘れられない「素敵な匂い」を纏った彼との出会い
出会いは居酒屋で、たまたま席が隣だった。彼は職場の人と飲みに来ていた。私は友人と来ていた。席の間隔が狭く、隣にいた彼がとても良い匂いだった。
甘すぎないのに、一度嗅いだら忘れられない素敵な匂い。彼の職場の人が電話で外に出て、友人がお手洗いに行った時、つい声をかけてしまった。
「いきなりすみません。香水何使ってますか?」
彼は驚いた顔をしてから、「香水は付けてないです」と言った。酔っ払っていた私はつい、「え、フェロモンですか?」と真面目な顔で聞いてしまった。今思えば変な人だ。ただ彼は優しい笑顔で「たぶん柔軟剤だよ」と答えてくれた。そこから10分ほど話し、連絡先を交換した。生まれてはじめて自分から声をかけて連絡先を聞いた。彼は微笑みながらも快く教えてくれた。
私は帰り道に酔いが覚め、何してるんだろうと我に帰り謝罪の連絡をした。すると返ってきたのは柔軟剤の写真だった。とても驚いたが嬉しかった。そして生まれてはじめて自分からデートに誘った。ここが始まりだった。
彼とデート当日、私は緊張していたけど彼の香りで緊張が消えた
デート当日、私はとても緊張していて、待ち合わせ場所に20分も早く着いてしまった。待ち時間が長ければ長いほど緊張することが分かりきっていたのに、居ても立っても居られなかったのだ。予定時刻の5分前、彼は現れた。挨拶を交わしたその瞬間、彼の匂いで緊張が消えていった。
その後、焼鳥を食べながら自己紹介やお互いのことを話した。全くタイプではないのに、話せば話すほど彼に惹かれていった。そしてその日の帰り道、彼に告白された。
私の頭は真っ白になり、何言ってるの? という言葉で脳みそがパンクしそうだった。初デートで告白する人がこの世にいるの? 3回目のデートで告白するっていうのが流儀じゃないの??? と思った。
きっと今までの私だったら「そんな軽い女じゃないもん!」と拗ねていただろう。ただ私はその匂いに負けた。
付き合って3日目、はじめて彼の家にお邪魔した。お互い一人暮らしだったが、私は彼の匂いに包まれている部屋にどうしても行きたくて、少し早いかなとは思ったが、お泊まりを提案し、潜入成功。あのドアを開けた瞬間の匂いは、今でも忘れられない。私のだいすきな匂いで満たされていた。
そこから間もなく半同棲状態になった。彼に引っ付くと濃い匂いに包まれて最高にしあわせだった。大学4年生だった私は彼の仕事が終わる時間に合わせて夕飯を作り、毎日抱きしめられて眠った。毎日がしあわせでどんどん彼のことを好きになっていった。
付き合って3ヶ月がたった頃、彼と将来の話をするようになった。私が社会人になったら本格的に同棲をしようという話や、何歳に結婚したいというようなカップル特有の会話だ。彼の想像する将来に私がいるという事実だけで舞い上がった。
付き合って半同棲をしていて「順調だ」と思っていたのは、私だけ
付き合って5ヶ月がたった頃、彼は忙しくなり、仕事を持ち帰ってくるようになった。12畳の部屋とはいえ、一部屋で半同棲していた私たちは自然に離れて過ごすようになった。
彼の仕事を邪魔することはできないと思い、自分の家に帰ることが多かった。ただ洗濯だけはできるだけ彼の家でするようにした。なぜなら柔軟剤があるからだ。一人の家でも彼の匂いがあれば寂しくなかった。
付き合って6ヶ月がたった頃、彼から突然「話がしたい」と切り出された。そう、別れ話だった。順調だと思っていたのは私だけで、彼は半同棲をやめた頃から別れを考えていたそうだ。
「半同棲じゃなくなって部屋に一人でいることが増えたよね。ごめんね、寂しさも感じなかったし、心地いいって思っちゃった」と言われた。
そして、トドメの一言、「彼女として見れない」。
ああ、そうか、私はお世話しすぎたんだな。自炊も掃除も苦手なあなたの前に突然現れた料理と掃除が得意な女、もはやお母さんだもんな。お母さんみたい(笑)? って言われる彼女ってなんだよ! ミルクでもあげてるの? って思ってたのに、実際言われて思い返してみると私がしていたことはお母さんだった。
たくさん泣いた。春になったら桜を見に行こうって、夏は花火ねって、秋も冬も何回でも一緒に過ごしたいねって話してたのに。一目惚れならぬ一香惚れだから、柔軟剤だけは変えないでおこうねって笑いながら話してたのに。
彼の家から荷物を運ぶことになった。段ボールに詰めるだけの単純作業なのに、涙で何度も手が止まった。段ボール2箱分の荷物を全て詰め終わるまで2時間はかかった。
ガムテープで止めようとしたその時、彼は言った。
「この柔軟剤あげるよ、この匂いはもう使えないから。新しいのもう買ってあるし、持って帰ってよ」
荷物を持ち帰って全て片付けた。段ボールの中には柔軟剤だけが残った。3分の1くらいしか入っていない柔軟剤。あれから1年が経った今でも洗濯機の上に残っている。一度も使っていないし開けてもいない。だいすきだった匂いは、私にとって涙の匂いになってしまった。