旧友から台湾旅行の誘いが来たのは、5年ほど前のことだった。
その日は別の(それも参加必須の)予定があったが、そちらをキャンセルして、旅行に行った。
理由は、この機会を逃すと次がない気がしたからだ。それくらい旧友とは久しぶりの再会だった。そして、少しだけ現実から逃げたい自分もいた。

何もかもうまくいかなかった上京2年目で出た旅に、私は救われた

その頃の私は、自信を失っていた頃だった。
上京して2年目、単位は取れず、好きな人にも振られ、友人に裏切られたりもした。サークルやバイト先の人間関係もうまくいかなかった。都会って怖い、って身をもって知った頃である。

そんな時の地元の友人との旅だった。
女2人で、しかもツアーでもなくフリーでの旅行は初めて。しかし、不安よりもワクワクが勝るくらい私はまだ若かった。

1日目は空港からバスでホテルまで行き、中学生レベルのつたない英語を駆使して、色んなカフェに回った。
2日目はお参りに行き、占いを見つけた。占いには行ったことなかったが、折角の観光だしと、2人ですることにした。友人は彼氏とうまくいっておらず、そのことを聞いていた。そして私は学業のことだった。

もともと数学と理科が大の苦手なのに理系に進んでしまった私は、あまりにハイレベルな大学の講義と処理の追いつかない大量のレポートに、心が折れかけていた。大きな夢を持って大学に進学したが、それを諦めてでも学部を変えようか本気で悩んでいた。
そんな時、占い師に言われた一言は「今は成績はそこそこだけど、このままいくと成功するよ」。
このたった一言で私は学部を変えることを思いとどまった。そして、残りの学部生活を踏ん張ろう、そう誓うことができた。
旅に出る決断をしたことで、私は救われたのである。

彼女がいるから地元が好き。一緒にいることで埋まる会えなかった時間

3日目、私たちはちょっとオシャレなレストランに行って、たくさんのことを話した。
どうやら友人は彼氏ともっと仲良くしたら続くよ、と言われたらしい。その時、私は彼女に誕生日プレゼントを渡した。彼女は突然のサプライズに驚いた顔をしていた。

楽しかった台湾旅行もあっという間に終わり、私たちはまた元の生活へと戻っていった。その後、半年に1回ほどは一緒に海外に行くようになった。

旅行先で、彼女は誕プレのサプライズ返しをしてくれたこともある。あの台湾の時が嬉しくて、絶対覚えていたかった、そう言ってくれた。私はそんな旧友が大好きだった。その時のプレゼントと手紙を大切に持っている。
彼女は私が地元が好きな理由そのものであったし、加えて彼女は本当に誰にでも愛されるタイプの素敵で理想的な憧れの女性だった。

普段は遠い地に住む私たちにとって、海外は逆に会いやすい場所だった。
そのためコロナ禍に入ったここ数年は会うことができていない。そのことにはじめは少しだけ寂しさを覚えた。しかし皆がそうであるように、そういった非日常は徐々に日常へと変わっていった。

届いた友人からの吉報。あの時の占いは2人とも当たっていたのだ

コロナ禍の生活にも慣れてしまったころ、私は夢を叶えた。占いは当たったのだ。あの言葉を信じ、努力し続けた成果が実ったのである。
しかし同時に、自分のことしか見えないようになっている自分がいることにも気がついた。大きな成果が出せなかったらどうしよう、仕事で出世できなかったらどうしよう、この先孤独だったら、と不安ばかりで、他の人のことまで構っていられなくなってしまった。

そんな余裕のない自分が、まるで都会に出てきた時に自分のことを裏切った人たちと同類になってしまったようで、悲しみや苦しみを感じていた。

そんな時にあの旧友の吉報が届いた。彼女も占いがあたったのだ。
私はその知らせに、電車の中で思わず号泣した。それと同時に、他人の幸せを素直に喜べる自分がまだ存在していたことに気がつき、とても嬉しい気持ちになった。
私はまたも救われたのだ。

コロナ禍が終わり、また旧友と海外旅行に行けますように。
結婚おめでとう。