私が働くところは、マタハラ(マタニティーハラスメント)はない職場だと思う。
そもそも職員へのマタハラなどあってはならないところ、なぜなら一番妊婦さんや育児をする女性に関わり、治療し、看護をする場所、産婦人科病棟だからだ。

私の職場は、ワークアンドライフバランスの鑑のような環境だけど

助産師の先輩たちは、妊娠後、産休に入るギリギリまで、大きなお腹を抱えながら、日勤も夜勤もこなし、助産師外来で妊婦健診をし、分娩室でお産をとってた。
そのうち何人かの先輩は、産休育休を終えて、お腹の小さくなった姿になり、時短勤務で復帰する。
産婦人科の女医さんのなかでも産休直前まで働き、産後2か月で復帰した方もいた。

産休に入る妊婦のスタッフが「いろいろ体調を気にかけていただいて、ここまで働けました。お産を経験して、育児をして、パワーアップして戻ってきます」とあいさつし、周囲も笑顔で「お産がんばってね」と声をかける。
妊娠出産育児の経験が、仕事の大きな強みになるのも、助産師や産婦人科の医師といった、周産期に関わる仕事の大きい特徴なのだろう。

私は他の職場で働いた経験がないからわからないけれど、マタハラのある職場は、妊娠したスタッフを休職や退職で遠ざけていくのだろうから、そこで働く人たちは、妊娠しながら働く姿というものをそもそも見ない、想像できないのかもしれないと思う。
就活で結婚や妊娠の予定を聞かれる、妊娠したら大きな仕事を任せられない、退職するように言われる、産休育休後に前と同じように働けない、キャリアを絶たれるといった妊娠出産育児を経験する女性への、マイナスイメージや絶望感が大きいのかもしれない。

そう考えると私の職場は、妊娠出産の前も後も、心身とキャリアをサポートし、ワークアンドライフバランスの鑑のような特殊な職場だ。
助産師は日本の法律では女性しかなれないし、患者さんも女性だけなので、職場環境自体が“女の園”であることも感じる。

妊娠出産育児して働くって大変すぎる、私にはできない

でも、私は今、正直なことを言うと、こんなに恵まれた環境にいるのに、なぜか「私もいつか赤ちゃんが欲しい」と素直には思えないのだ。
もしも、いつか赤ちゃんが欲しいと思う時には、今のような職場に勤めていたい、とは思うのだろうけれど、なぜか今、私の心を占めるのは「妊娠出産育児して働くって大変すぎる」「私にはできない」という気持ちの方が大きい。

なぜ、そう思うのか。
妊娠してから産休に入るまで働き、お産し、育休を終えて1年ほどで復帰し、時短で働く先輩たちは、どこからどうみても強くて、エネルギッシュで、スーパーウーマンすぎるのだ。
夫を育児のサポート者に育て、実母など実家に協力を仰ぎ、職場の保育園を使いながら、私が普通に疲れ切る仕事終わりにも家に帰って育児をするなど、どれだけエネルギーと根気と、覚悟がいるか、先輩たちを見ていて感じる。
私にはそんなふうに全身全霊をささげて、エネルギーを使って、大変な仕事とライフイベントを両立するなど、到底できる気がしないのだ。

ばりばり働いていた先輩が妊婦さんになった姿を見て…

ばりばり働いていた先輩が、妊婦さんになって、いろんな一面を私に見せてくれた。
妊娠初期のつわりでも夜勤をして、カルテのパソコンにぐったり寄りかかる姿。
つわり中、昼休憩でほかのスタッフの食べ物の匂いがきつくてつらい、と一人違う部屋で食事をされていた姿。
妊娠中期になり、お腹の張り止めの薬を飲みながら働く姿。
妊娠30週を超えた大きいお腹で、ナースコール対応をしようと、病棟の長い廊下を歩く姿。
夫が家事を何もしてくれない、覚えようとしてくれないと愚痴る姿。

リアルな妊娠生活、仕事との両立をはかる先輩たちを身近に見て、尊敬するとともに、私はそれを全部乗り越えて、両立できるのだろうか、と思う。
マタハラがあるかないかという前に、そもそも、社会人として働きキャリアを積みながら、妊娠し出産し育児する、ということそのものが、とてつもなく難しい事なのではないだろうか。そして、その負担が明らかに女性だけにのしかかっていることを、この社会は軽く考えていないか。
それに女性全員が、先輩たちのように働け!妊娠して育児も両立!M字カーブの改善だ!と、鼓舞されなくてはならないのだろうか。

キャリアとライフイベントの両立は、女性が頑張ればいいわけではない

私は助産師として、周産期に関連する女性の健康をケアしたいと仕事をしてきたし、妊娠に伴う体や心の変化も知識として理解している。
女性がキャリアとライフイベントの両立ができる社会にもっとなってほしいし、ワークライフバランスが考慮される仕事環境が増えてほしい、と思っている。

でも、それは女性が頑張ればいいものなのか?マタハラがなくなればいいのか?というと、そういうわけではないのだと思う。
妊娠出産育児と、仕事を両立するスーパーウーマンはかっこよくて、自分もそうなりたいけれど、そうなれる女性はもともとの芯の強さや、周囲の協力、仕事への貪欲さがあるのではないか、としり込みをしてしまう。
そして、今の自分には両立をはかれる自信が全くない。

いつか、自分の仕事が軌道に乗っていると感じ、キャリアを考えながら、子どもが欲しい、と思う時はくるかもしれない。
そんな恵まれたタイミングはくるのだろうか。今の私には正直わからない。
でもきっと先輩たちが教えてくれたリアルな姿は、自分のこれからを考える時に大きな影響を与えてくれると思う。